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軍事板「戦時中、戦場でのほのぼのとした話」スレまとめサイト
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283 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/10/28(金) 02:49:21 ID:N0Ys9l7w
シュナイダー大尉

米軍の将校についてはこんな逸話もある。
投降して収容所にいた我々の前に一人の将校が現れ、日本語で話しかけてきた。
それも流暢な東京弁でいきなり、「お前達、ヤンキーに負けたな」と話しかけてきた。
面食らっている我々に彼は親しげに話しかけた。彼はシュナイダー大尉と言い、
東京で生まれ、東京で育ち、東京の大学まで出ていると言う。道理で日本語が達者なはずだ。
彼は終始暖かく我々に接してくれたのだが、ある日彼に難問が降り掛かった。B29の機長として東京を空襲せよという。
彼はその命令を拒否してしまった。自分が生まれ育った街を自分の手で焼き払うのは彼には出来ることではなかった。
米軍では命令に逆らうと階級を下げられ、給料も下げられてしまい、彼も二階級下げられ少尉になってしまったが
甘んじてそれを享け容れたのである。米軍の将校の給料で二階級下げられると云えば相当な金額で
しかもアメリカでは給料が下がるとすぐ奥さんに離婚されてしまうと言う話だが、シュナイダー大尉はただ笑っているだけだった。
アメリカの軍人にも偉い人がいるものだと今更乍ら考えさせられた。

ttp://www.wheap.com/tenian.htm

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282 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/10/25(火) 14:37:04 ID:???
この捕虜作業をしている私達に中国の婆さん達が毎日食物を恵んでくれた。
私らは食事が少なかったので昼の分まで朝食べてしまって殆ど空の飯盒を持って作業に出掛けた。
昼食の時に空の飯盒をつついて居る私らを見て、
婆さん達は二三人ずつ自宅に連れて行って何かを食べさしてくれた。
昼休みに魚釣台(或いは釣魚台)と言う警察署の中庭に入れられて表に出られなかった時、
お婆さん達が巡査と揉み合いまでして私らを連れ出して食べさして呉れた。
夕方引き上げるときには天秤に饅頭や漬物を下げてくれた。
宿舎に戻って夜皆でこれを分けて食べるのが何よりの楽しみだった。
本当に有り難う御座いました。

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279 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:2005/10/25(火) 03:00:53 ID:???
二日は正午から開城談判だというのに、この日の夜明けから、
ロシア軍陣地からぞろぞろとロシア兵が出てきた。

「狂うがごとくに、この開城(厳密にはまだ開城ではない)をよろこんだ」
と、兵站将校だった佐藤清勝という人が書いている。事実、ロシア兵は
堡塁上に全身をあらわし、たがいに抱き合って踊っているかと思うと、
一部の戦線にあっては、日本兵も壕から出てたがいにさしまねき、
両軍の兵士が抱き合って踊るという風景もみられた。

なかには、日本兵が、ロシア兵の堡塁までのぼってゆき、酒を汲みかわしたりした。
更には酔ったいきおいで日露両兵が肩を抱き合いながら敵地であるはずの旅順市街地まで
出かけてゆき、町の酒場へ入ってまた飲むという光景さえ見られた。

(中略)

「よくまあ喧嘩沙汰がなくて済んだものだ」
と、あとになって両軍の関係者がこの「非公認休戦」の半日をかえりみて、
ふしぎにおもったほどであった。

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265 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/10/21(金) 22:38:42 ID:???
硫黄島上陸第1波に従軍取材した、米海兵隊カメラマン。
日本軍の砲撃に、とりあえず身を隠すところは、と、手近な窪地に飛び込むと、
そこは日本軍が物資の集積所に使っていたところで、
日本軍が放棄した、大量のアサヒビールが残されていた。

しめしめ・・・と、ポケットにビールビンを押し込み、手には持てるだけ持って前線に引き返したカメラマン、
伏せながら射撃する海兵隊員に声をかけた。
「ビールは要らないか?」「お前、アタマおかしいんじゃねーのか、こんなところに・・・」「これ、これ!」
ニヤリと笑った海兵隊員、歯で栓をこじ開け、伏せたまま口の端でグビグビとやって、にっこり。
・・・この調子でくだんのカメラマン、海兵隊員にアサヒビールを配って回ったという。

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260 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/10/21(金) 11:25:45 ID:???
漏れの爺ちゃんが大陸に従軍中はどこぞで守備隊をしてたそうだ。
ある日現地の農民が子供を連れて駆け込んできた。
下痢が止まらないというのだがおそらく食あたりの類。
正露丸数粒を半分に切って与えて返した。
そして数日後、全快した子供と一緒に籠一杯の卵を持って御礼に来てくれたそうだ。


他にも国民党捕虜時代にドーナツ作った話とか爺ちゃんの話は大抵ほのぼのしてるのだが…

深夜に隊からはぐれてさまよい、喉がカラカラのとき川を発見。
丸太がごろごろしていたので最後の力で何とかどかす。
すぐさま跪くとむさぼるように水を飲んだ。
力尽きてそこで寝てしまい、翌朝見ると…丸太と思っていたのは全部死体だったそうだ。
(けどそれで病気になったとかは聞いてない)

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251 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/10/20(木) 21:20:24 ID:z5WqdUuO
・・・河野守宏という人の本に書いてあった、戦時厨房の危険なお遊び。

米軍戦闘機空襲!

防空壕の土盛りの上で、仁王立ちになって手拭いを頭上で振り回し、
「オーイ、こっちこっち」
と、敵機を挑発。

それを見て、アメちゃん早速ダイブ。

敵機がバリバリと機銃掃射してくるのをギリギリまで踏みこらえ、間一髪のところで防空壕の入り口に頭から飛込んで弾を避ける。


敵機が頭上を飛び去ると、防空壕から再び這い出して小躍りしながら、
「ヤーイ、外れだぞ、この下手糞が!」

・・・これを繰り返して、一番近くまで敵を引き寄せた奴が、仲間内で英雄認定されたという。。。


253 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/10/20(木) 21:55:20 ID:???
うちの爺さんの隊の隊長だった少佐は
「慌てるな、下手に動くとかえって当たる。人間のような小さな目標にそうそうあたるものではない。」
とかいって悠然と構えていたそうだが。


254 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/10/20(木) 22:09:20 ID:03npVi4f
小野田さんも木を遮蔽物にしてあまり伏せなかったと言ってたな。
曰く「タマにしか当たらん弾と言うんです」


257 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/10/21(金) 00:56:28 ID:???
>>253
うちの親父も似たようなこと言ってた。
戦争映画とかで、仁王立ちになって軽機なんかで向かってくる飛行機撃つ奴がいるけど
「不思議とああいう奴には当たんないだ」って。

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248 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/10/20(木) 20:54:34 ID:irdmtl6F
中国に進出した鉱山でホワイトカラーやっていたじいちゃんからの言い伝え

会社に医療スタッフを抱えていたが、現地の中国人を無料で診療することにした。
そうしたら、中には本当に診療が必要な人もいるが、医者の存在にありがたがっ
て健康な人々で行列ができた。特に聴診がありがたかったらしく、せがまれる例
もあったとか。
しまいには先生は疲れてしまい、健康そうな人には適当に聴診器を額にあてた
りして「無問題!!」、と。

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247 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/10/20(木) 16:23:32 ID:03npVi4f
ガダルカナルの戦場にて。
ある時に日本軍の狙撃兵が米軍基地に接近し星条旗が掲揚されているポールを狙撃し狙撃し星条旗を撃ち落とした。
すると日本軍の基地で翌朝見ると仕返しとばかりに日章旗を掲揚するポールが狙撃され日章旗が撃ち落とされていた。
意地になった両軍はしばらく国旗落としの応酬を繰り返したという

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ある日、真珠湾の海軍基地の一室で、当時海軍長官だったフォレスタルが
演説の草稿をタイプしていると、一人の若い少尉が入ってきた。

「お前がタイプライターの修理にやってきた間抜けか。お前がいじってるのは
 故障した奴じゃないぜ」
「申し訳ないが、私は修理屋ではないんだ」
「じゃあ、一体お前は何者なんだ」
「フォレスタル海軍長官だ」

この気の毒な少尉は、軍法会議にかけられると思い込み、壁際に倒れ込んだという。

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228 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/10/16(日) 23:04:25 ID:JTtsYCcl
田宮模型の取材チームが、スミソニアン航空博物館を訪問した時の話。
「日本からの取材か、ちょうどよかった。
今、日本軍機のレストアをやっているんだが、外板の裏に日本語が書いてあるんだ。
日本軍のマニュアルにもない言葉なんだが、ちょっと読んでみてくれないか?」

早速、田宮模型の取材チームが読んでみたところ、
「八重ちゃん、愛している。オレ、やける」。

航空機工場の若い工員か勤労奉仕の学生が、
同じく勤労奉仕で航空機工場に来ていた、女子挺身隊のひとりを見初めたのだろう。
しかし、戦時中の航空機工場で、思いのたけを告げるわけにもいかず、
それでもあふれんばかりの思いを、誰の目にも触れないところに、思わず書き付けたにちがいない。

書いた主や「八重ちゃん」が誰なのか、今となっては確かめる術はないが、
本土空襲、とりわけ航空機工場空襲をも生き抜き、幸せになっていて欲しいと、
田宮模型の取材チームは思ったという。

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