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188 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/07/28(木) 16:09:00 ID:xeVi+LyF
スペインから英領ジブラルタルに外国人が出国する場合、
スペイン側の規定では、1日に2回しか出国を許可しないことになっている。
日本の某テレビ局特派員が、プライベートの家族旅行でスペインからジブラルタルに入国、
2回目にスペインに出たところで、ホテルに忘れ物をしたことに気がついた。
帰りの便は予約してあり、明日、ジブラルタルに入ったのでは遅い。
スペイン側の国境警備隊員に、泣きつかんばかりに事情を訴えたところ、
出てきたのは将校。
「あ~、キミたちが、だ」(1回目の出国スタンプをボールペンでサッサッと消し)
「これからジブラルタルに入ったら、だねえ」(新しいスタンプを押して)
「3回目は入れないからね、わかったかね?」(ニヤリと笑ってウインク)
将校の粋なはからいとスマートな振る舞いで、楽しい思い出が出来たとか。
183 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/07/22(金) 17:20:25 ID:wbeLMxIg
フィリピンのビガンという16世紀のスペイン様式が残された美しい町に駐留した日本軍のエピソード。
ハンサムな守備隊長と、現地の美しい娘が恋に落ちたが、
やがて米軍上陸で平和な町にも戦雲が迫り、二人に離別の時がやってきた。
上からは、「町を破壊して撤退せよ」との命令。
だが、隊長は「俺が責任をとる」となにも手を付けずに撤退。
激しい戦闘のなかでも、奇跡的に戦火を逃れて美しい町が残った。
「戦跡を歩く」(牧野弘道著)より。
479 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2006/02/11(土) 20:59:38 ID:???
>183
超遅レス。
現在世界遺産になってる。
481 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2006/02/12(日) 02:05:28 ID:???
>>183
タイでソレをネタにしたTVドラマがあった
174 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/07/21(木) 14:39:15 ID:TDrqRQKh
うちの爺ちゃんは沖縄で戦って捕虜になったんだが・・・・。
つかまった時は2日くらいなにも食わずに隠れてた状態だったらしく腹ペコだったらしい。
臨時の捕虜収容所につれていかれる途中に若い米兵が腹が減っているのに
気がついたらしくコンビーフの缶詰をくれたらしい。
もちろん補給劣悪、肉なんてなかなか・・・。という状態だった爺ちゃんは
コンビーフのあまりの旨さに卒倒しそうになったそーな。
これだけだったらよくある話なんだが・・・・。
続く
175 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/07/21(木) 14:49:32 ID:TDrqRQKh
爺ちゃんは料理人だったんだわ。かなりの腕の。沖縄戦が終わって捕虜がたくさん集まるようになると、
米兵さんがあまっているコンビーフとかパンとかをたまに供給とは別に投げ入れてくれるよーになったそーな
(さすが持てる国は違いますな)
んで、どこから見つけてきたかは不明だけれど米俵を運んできてくれたりもしたそーな。
ただ生米なんてくえないので、飯ごう返してといったらなんでかフライパンをつけて返してくれたそーです。
(アメリカ人は米を料理するのにフライパンが必要だとでも思ったのか?)
それで油と米とコンビーフや、他の米軍の食材がそろったので、爺ちゃんは当然、料理を始めたらしい。
まぁ、コンビーフ入りのチャーハンを作ったらしいです。これが捕虜達の間では好評でかなり
感謝されたらしいんですが、こっからが米軍の本領発揮でした・・・。
177 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/07/21(木) 14:58:04 ID:TDrqRQKh
日本の収容所の一つからおいしそうな匂いがただよってくるのを感じ取った見張りの米兵さんが、
米を炒めた妙な料理(当時米国でも中華料理店はあったんでしょうがいまよりはずっと少ない。
チャーハンをみたことない米兵も多かったのでしょう。)
を見てね我慢できなくなったか、身振りで「ちょっと食わせろや」みたいなことをしたので、機嫌を
そこねたら大変だと思った爺ちゃんはいそいで作ってもっていったそうです。
一口食べた米兵は驚いた顔をして、サンキューといったあと交代時間に
どうやらおいしかったことを仲間に伝えたようなのです。
次の日、さらに米をもって米兵達がやってきて通訳までつれて「もっと作ってくれ。」と言われたそうです。
初めは小隊できていた米兵さんが中隊になり大隊にまでなり、どんどん食材をもってきて
チャーハンや他の中華料理を作らせれたそうで、かなり偉い少佐さんまで食べにきたそうです・・・。
どうやら軍隊の飯はまずいらしく爺ちゃんの中華料理が気に入ったようでした。
のちに爺ちゃんは本土に帰って食堂を続けたそうですが、その時に仲良くなった
何人かの米兵さんはまた来てくれたらしいです。
爺ちゃんはその時の経験から米兵を決して悪くはいいませんな。
ほのぼのしすぎっていうか、捕虜のとこまで飯くいにくるなよ米兵・・・。
178 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/07/21(木) 15:25:30 ID:???
>>177
コリン・パウエル閣下も「始めは慣れなかったけれど、今では時々食べないと調子が出ないよ」と
漏らしているそうです。
また、炊いたお米のようにモチモチしたものよりパサパサのお米のほうが米国の人には食べやすいようです。
・・・ハワイので売ってるおにぎりを一度食べるとよくわかるかも。食感はチャーハンをおにぎりにした感じです
179 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/07/21(木) 15:36:28 ID:TDrqRQKh
パウエル閣下もお米ファンか!!!!
180 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/07/21(木) 17:18:07 ID:nFHoyIqZ
>>177
爺ちゃんエライ!沖縄戦は、食文化で圧勝だね。
それにしても、気のいい米兵達にも敬意。
旨い飯を愉しめる平和が一番。
181 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/07/21(木) 17:42:29 ID:TDrqRQKh
>>177ですが。
爺ちゃんはつかまった時絶対殺されると思っていたようで米兵が
コンビーフをくれた時は信じられなかったそうです。
爺ちゃんは間違いなく米兵を何人かは殺したのに、扱いがそれなりに丁寧だったことには驚いたそうですが。
米兵は持てる者の余裕とはいえ、冗談を楽しんだり、物をくれたり、明るいエピソードが多いですな。
ちなみに最後のほうは毎日30人くらいやってきたので、捕虜の人達と協力して
ほとんど屋台状態だったらしいです。
・・・・。米兵の飯はそんなに不味いのか・・・。
ご飯作ったお礼にアイスクリームを持ってきてもらったり、タバコをもらったり、結構気楽だったようです。
157 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/06/26(日) 19:14:53 ID:nCq7sE8E
落語家の林家さん平師匠が演習でうっかり銃を埋めてしまった。
で、上官に銃を持たずに戦場に行く軍人がおるか!と怒られて一言。
「大将は鉄砲など持たずに戦場に行くであります!」
当然、ボコボコに殴られたそうだ・・・・
159 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/06/26(日) 20:11:00 ID:???
>>157
林家さん平師匠は何を思って銃を埋めたんだろう?
うっかり・・・・??
160 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/06/26(日) 22:01:20 ID:???
>>159
タコツボ堀の時に、掘った土を「うっかり」銃を置いていた上に積み上げたんじゃないのか?
162 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/07/04(月) 19:27:50 ID:???
>>160
陸自の教育隊でもよく教官に言われてた。 「埋めるなよ」と
蛸壺なんて掘るのに3時間 埋めるのさえ30分以上かかるから、間違っても埋めるとスンゴイ面倒。
「エンピだろ、小銃、弾倉、銃剣、鎌、鉄帽、上着、水筒・・・ 全部あるよな?」
案外埋める方が気を使った。
163 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/07/04(月) 22:45:57 ID:???
「エンピだろ、小銃、弾倉、銃剣、鎌、鉄帽、上着、水筒・・・あれっ?教官?どこ行ったのかな?」
164 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/07/06(水) 05:19:00 ID:???
教官を植える奴があるかゴルァ
165 名前:早く静かなところ準備してやれ[sage] 投稿日:2005/07/06(水) 08:00:49 ID:???
そして根を張り葉を繁らす教官一人。
166 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/07/07(木) 01:44:06 ID:???
山ゆかば草むす屍・・・
167 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/07/07(木) 13:31:24 ID:???
中村埋めちゃったんですけどどうしましょうか?
168 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/07/12(火) 22:55:31 ID:???
すまん中村、お国のためだ
150 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/06/26(日) 11:46:51 ID:???
戦時ではないのだが・・・
割と有名な話を一つ。
2000年7月4日、20世紀最後のアメリカ独立記念日を祝う洋上式典に参加するため、
世界各国の帆船170隻、海軍の艦艇70隻がニューヨーク港に集結した。
翌日の5日に英国の豪華客船「QEⅡ」が入港してきたのだが、
折悪しくも2ノット半の急流となっていたハドソン河の流れに押された巨大な客船は、
あれよあれよと言う間もなく係留中の海上自衛隊「かしま」の艦首部分に接触してしまったのである。
着岸した「QEⅡ」からすぐさま、船長のメッセージを携えた機関長と一等航海士が謝罪にやってきた。
相手の詫び言に対応した「かしま」艦長はこう答えた。
「幸い損傷も軽かったし、別段気にしておりません。それよりも女王陛下にキスされて光栄に思っております」
これが何千人もの船乗りたちの間で大評判になり、ニューヨークだけでなく、ロンドンにも伝わって
「タイムズ」や「イブニング・スタンダード」も記事にし、
日本のネイバル・オフィサーのユーモアのセンスを評価する声が高かったそうである。