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軍事板「戦時中、戦場でのほのぼのとした話」スレまとめサイト
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34 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:2005/04/08(金) 15:27:43 ID:???
朝鮮戦争にて

韓国軍を援護射撃していたイギリス軍。
ある時間になるとピタッと砲撃をやめてしまった。
何事かと思って様子を見に行く白将軍。
なんとティータイムをとるために攻撃を中止したという。

イギリス軍曰く「伝統だから」

戦争中にティータイム。
なんと優雅でエレガントな軍隊ではありませぬか。

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32 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:2005/04/08(金) 13:13:08 ID:???
さて、時は日中戦争。
その頃、蒋介石は困り果てていた。
攻めども攻めども日本軍を倒せず、部下は尻をまいて逃げ出すばかり。
国府軍には盗賊上がり(土匪)やルンペン(流民、棄民)が多数混ざっていて士気が
全然上がらなかったのである。

そこで蒋介石は次のように部下に訓示した。

「朝起きて冷水で顔を洗い、冷や飯をかき込み、突撃を開始する日本軍と、
まずお湯を沸かして顔を洗い、朝食を作り始める中国軍のどちらが強いかは、
言わずとも明らかである。日本軍を見習え」

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18 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/04/06(水) 22:04:32 ID:tXV9ivg1
硫黄島上空での事 坂井三郎氏は単機でF6F十数機と交戦し、そして氏の技術の全てを尽くして
戦域から脱出した。

戦後、太平洋戦争を日米のパイロットが集まる会合がアメリカで行なわれ坂井氏も出席した。
坂井氏は席上で、「あの時のパイロットはいないか?」と呼びかけた 一人のアメリカ人が、
「俺はその時にいたよ」と名乗りを上げた その瞬間、「下手くそ! 何でその時落せなかったんだ!」
と野次が飛び、会場は大爆笑の渦に包まれた。 坂井氏も大爆笑していたのは言うまでもない。

これは有名すぎる話かな? でもいい話だとは思う。

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17 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/04/06(水) 21:46:13 ID:t29vjqMW
シベリアに抑留された、人の話
日本兵を必死に世話してくれるロシア人看護婦がいた
理由を聞くと父親が日本の捕虜収容所(松山だったかな?)にいたと言う
「父親に日本人はみんないい人と聞かされた、父親の恩返しがしたい」と言ったそうな

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15 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/04/05(火) 08:18:24 ID:tY7GXHM1
日露戦争では両国ともハーグ条約の規定を順守して捕虜を手厚く扱い、世界から称賛され
た。浜寺に収容されたロシア人捕虜は比較的自由に街を散歩し海水浴も楽しんだことや、収
容所内では日本語教室が大人気だったことなどが、収容所の研究活動を続けている中野生
穂さんによって紹介された。近くの泉大津市内の墓地には収容所で亡くなった八十九人の捕
虜の墓があり、今も地元の人たちが焼香、献花を続けている。

約千八百人の日本兵を収容した捕虜収容所があったロシア北西部メドベージ村のロゴジン
村長は「村には十九人の日本人捕虜の墓があったが、第二次大戦でのドイツ軍の侵攻時に
破壊されてしまった。しかし、近年、七基の墓石が発見された。さらに発掘を続け、村に慰霊
公園を造りたい」と語り、同村を訪れたことがある中山元外相は「村の博物館には、日本人捕
虜が作った三味線や尺八などが保存されていた。手厚く扱われたことがうかがえた」と説明した。

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13 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/03/31(木) 19:19:12 ID:5LEaskxc
11じゃないがひとつ

医学部出身のある将兵はドイツ語ができるので翻訳などをして信頼を得た
そしてソ連兵にこういった
「日本人は過労が蓄積するとお多福風邪をひく、それが西洋人に感染すると無精子症になる」
と言った
びっくりしたソ連兵はその部隊の労働を軽くした

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8 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/03/31(木) 17:57:01 ID:3aZfXagZ
日露戦争でバルチック艦隊を倒した東郷。

東郷はその後、傷を負って佐世保の海軍病院に入院したバルチック艦隊の
司令長官、ロジェスト=ウェンスキーを見舞いに行った。

その時東郷は長官に、「あなた方は不幸にも敗れたが、祖国のために命をかけて
戦ったお互いは、何の恨みもない友情で結ばれているのだ」と語った。

その時長官は、眼に涙を浮かべて感謝の意を伝えたとされる。

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6 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/03/30(水) 22:06:38 ID:???
うちのひいじいさん、陸軍に招集されて南方戦線に従軍。
空腹に耐えかねて猿を射殺してみんなで鍋にして喰ったらウマかったって実に愉快そうに話すんだが
こうして活字にしてみると悲壮感がある話だな。

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3 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:2005/03/29(火) 09:47:22 ID:???
西南戦争の熊本城攻防戦のこと。
城の一角の段山陣地では、鎮台兵と薩兵が互いの顔を見れるほど接近して塹壕を掘り、戦況が膠着すると、
しばしば双方の将兵が罵倒合戦に及ぶこともあった。
「ドン百姓のクソ鎮どもが、菜っ葉ばかり食うて屁まで緑色かあ」
「やかましいわ芋侍が、おのれらが撃つんは芋食った屁の空砲ばっかりやないか」

・・・などと怒鳴り合う中、一人の鎮台兵が敵に向けて尻をまくり、
「賊徒どもが、屁でも嗅げや」と言ってブゥーと一発。

これに激高した薩兵も尻をからげて屁を返し、いっとき双方の陣地から
ブー、ブー、と怪音が飛び交う珍事となった。

・・・後に、この珍事は「段山ん屁戦(屁いっさ)」と呼ばれることになったという。。。

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泣ける話とはちょっと違うが、第一次大戦中にドイツ軍とイギリス軍が
「クリスマス休戦」して、お互いの塹壕を訪問し合ったばかりか、誰かが
「サッカーしようぜ!」と言って本当にやってしまった話ならあるよ。
その時の写真には、ドイツ・イギリス両軍の将校が笑って写ってるものもある。

サッカーボールが鉄条網に突き刺さってしまい、試合の決着は
付かなかったそうだけど。
ただ、この出来事を聞いた司令官がカンカンになって怒り、
次の年の クリスマスからは、逆に砲撃頻度を上げたらしい。

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