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127 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/06/17(金) 11:20:53 ID:Py7cGviJ
知人の兄さんが、子供の頃の体験談。
昭和20年の夏、名古屋の庄内川河口で泳いでいたら、
P-51マスタングの編隊が低空で目の前に現れた。
びっくりして、仲間と必死に水に潜って、数分間…
息が続かなくなって水面に出たら、P-51が頭上を旋回しており、
ちびってしまったとのこと。
また、あわてて水中へ!こんなことを数回繰り返していたら、
攻撃もされず、バンクしながら去って行ったとのこと。
パイロットの顔が見え、笑っていたようだと。
133 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/06/19(日) 21:51:19 ID:DdXKWkaD
>>127
その話と同じ話を亡父から聞いたことがある。
時と場所は同じ。
P51は「艦載機」と言っていたように思うが、内容はほとんど同じだ。
「初めてヤンキーの顔を見た。びびった。」
「そのせいで持っていた冬瓜が割れてしまった。」(なぜだか不明)
とも言っていた。
その時、亡父も一緒に遊んでいたのかもしれないね。
136 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/06/21(火) 00:20:04 ID:1RoMTu2W
>>133 奇遇ですね。
>>127 の知人の兄さんは、中根という名字です。
すでに15年ほど昔に病気で亡くなられたが、
年が大きく離れていたので、今も存命なら70歳前後のはず。
飛び去る機体のきれいな後ろ姿を眺めて、子供心に日本は勝てないと思ったとか。
真っ黒に日焼けした元気で純真な子供達が、敵機の攻撃に遭わなくてなにより。
137 名前:133[] 投稿日:2005/06/21(火) 01:36:33 ID:efPIiGY6
私事を書き込むのをお許しいただいて。
>>136
亡父は昭和9年生まれですから、存命なら70歳のはずです。
姓は近藤です。平成11年に亡くなりました。
B29以外の小型機は全部、「艦載機」扱いでしたから、あなたのお知り合いの
兄さんと同じ場所で同じ「空襲」に遭ったような気がします。
>飛び去る機体のきれいな後ろ姿を眺めて、子供心に日本は勝てないと思ったとか。
似たようなことも言っていました。
いや、奇遇ですね。ますます、同じ場所に居合わせたのではとの確信が深まりました。
>敵機の攻撃に遭わなくてなにより。
そうですね。そこで機銃掃射でもされていたら少なくとも今の私はないわけですw
なんか運命を感じましたよ。
123 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/06/16(木) 23:08:21 ID:i2VlxkpD
>>117
イェルサレムが見事サラディンによって奪還された後の事。
当時の習慣に従って、イェルサレムのキリスト教徒たちは全員奴隷とされた。
(もっとも、十字軍側が勝った時のイスラム教徒はみんな惨殺されたわけだが・・・)
ただし、金持ってるヤツは、自分で自分を買い取って自由となる事が許された。
さらに、残った貧乏人達を前に、サラディンは前イェルサレム王に対し、彼らを買い取って
開放する事を要求し、前イェルサレム王は、財産(普通なら没収されているはずのもの)を
はたいて、かなりな人数を買い取った。
それでもまだ沢山のキリスト教徒が残ったが、そこにサラディンの弟がやって来て、
彼らを自分に褒美としてよこせ、と要求した。
サラディンが
「こんなに沢山の奴隷をどうするつもりだ?」と聞くと、
「オレの好きにするつもりだ。」と答える。
で、要求どおりに引き渡した所、彼は全員を連れて町を出て、
天に向かって両手を差し挙げると
「汝らを全て、偉大なるアッラーへの供物とする!」と宣言して、そのまま開放した。
124 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/06/16(木) 23:13:09 ID:i2VlxkpD
>>123
しまった。
開放←×
解放←○
125 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/06/16(木) 23:18:13 ID:???
まあサラディンは美化されている点もあるだろうが、
それはそれとしていい話だな。にくいね。
126 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/06/17(金) 09:59:45 ID:???
うーん、リブロポート社刊”アラブが見た十字軍”では
サラディン自身が買い取って、解放したとなってるな
どちらにしろ、美談だと思うけど。