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軍事板「戦時中、戦場でのほのぼのとした話」スレまとめサイト
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226 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/10/16(日) 00:50:55 ID:e9Y0xLOF
日本陸軍の某捕虜収容所での話。
米軍捕虜は捕虜になる前の階級に従って分隊、小隊、中隊に分けられ、
分隊には分隊指揮官の軍曹が任命されていたのだが、
あるとき、捕虜監視に当たっていた日本陸軍の軍曹に、米陸軍軍曹が話をつけに来た。
「煙草はないか?いや、俺が吸うんじゃない、部下が欲しがっているんだ」。

捕虜に余分な物を与えることは禁止されていたのみならず、
捕虜が処遇に物申せば反抗とみなしてその場で銃殺も許可されていたのだが、
お互い「軍曹」、部下を可愛がる気持ちは痛いほどわかる。
日本陸軍の軍曹、その場では申し出を一蹴したのだが、
その夜、米陸軍軍曹を呼びつけ、ひそかに「誉」を渡した。

やがて捕虜収容所が移転することになり、捕虜も移送されることになった。
だらしなく歩く他の捕虜。
しかし「カシラーナカ、ホッチョートレー!」
聞きかじった日本軍式の号令に合わせ、一糸乱れぬ分隊整列で行進する捕虜1個分隊があり、
その先頭をゆくのはくだんの軍曹。
「xx軍曹どのに対し、敬礼!」

米兵分隊からの、捕虜の身でできる精一杯のお礼に対し、
日本陸軍の某軍曹、同じく精一杯の敬礼で応えたという。

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220 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/10/15(土) 10:34:38 ID:???
それじゃぁ、俺の地元徳島の話。
WWⅠで、日本は青島のドイツ居留地を占領し、
ドイツ兵を捕虜にした。ドイツ兵達は、日本中の捕虜収容所にちらばったが、
現在の徳島県鳴門市の板東捕虜収容所にも収容された。

このころの捕虜収容所というのは自由が多く、
ドイツ人は捕虜収容所どころか、収容所の外に出る自由も与えられ、
食事も十分に与えられていた。中には、日本人女性との間に子どもを作った捕虜もいたそうだ。
ドイツ語新聞を作ったり、街の人々と交流をしたりしていたが、
やっぱり故郷ドイツが恋しくなる。
そこで、黒パンを作ったり、楽器を作って演奏して、気分を紛らわすことにしたそうだ。
そこで演奏されたのが、ベートーベンの第九。


現在でも、鳴門市では、黒パンが好まれており、年末になると第九が演奏されている。

ちなみに、このエピソードは来年映画化される。
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=6244

なぜか、主演松平健な



229 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/10/16(日) 23:23:47 ID:JTtsYCcl
>>220
現在も盛業の洋菓子店「ユーハイム」の創始者、カール・ユーハイムは、
中国・青島で菓子店を経営していた折、日本に強制連行され、
広島県似島の収容所に収容されていたが、
広島で行われたドイツ製品展示即売会に、日本で初めて焼かれたバウムクーヘンを出品。
大人気を博し、第1次大戦後も日本にとどまり、
「ユーハイム」を創始したという。
ttp://www.juchheim.co.jp/group/baumkuchen/index.html

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215 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/10/04(火) 21:10:13 ID:???
・・終戦後小澤は敗戦の将としての責任を取って世に出る事を拒み清貧の中でその生涯を終える。
元来寡黙なこの元提督は、太平洋戦争に関して口を一切開かなかったため、国民からもその存在は次第に忘れ去れていった。
しかし小澤が全身全霊を賭けて戦ったアメリカでは、小澤の名は名将としてその武功や人間性がアメリカの子供達の間でも知られるところとなった。
そして多くのアメリカの子供達が敵味方を越えたヒーローとして小澤に手紙を送った。
小澤は「英雄でも何でもないが、自分の仕事が子供達に評価されるのはうれしいことだ。」と語り、
子供達の手紙には全て返事を書き、これが小澤の晩年の楽しみだったという。

小澤は昭和四十一年に八十歳の生涯を終えるが、子供達の手紙の返事は病で動けなくなるまで、
書き続けたという。

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208 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/09/30(金) 20:19:57 ID:???
うちのおじいちゃんのお話をしてみませう

当時海軍軍医だったおじいちゃんは中国、海南島(だったかな?)に派遣されていました
そこでは宣撫工作のため、現地の人たちにも治療していたそうです
内地では効かなくなった薬でも耐性がないためか、驚くほど効果が現れたとのこと
評判は評判を呼び、奥地からでも治療を受けに来るようになりしばらくしてのお話です

ある日、いつものように診療していると、家族に付き添われた女性がやってきました
家族いわく、「この子は病を抱えている。どうか治してやってくれないか」といいます
とりあえず患部を見せなさいというと女性は服を脱ぎ始め……
おじいちゃんの目は(|| w )           0    0 となったそうです

なんと女性は真性の半陰陽、俗にいうふたなりさんだったのです
さすがのおじいちゃんも治療はできず、丁寧に断ったとのこと

……余談だが孫の漏れが重度のふたなり好きなのはその時のショックが隔世遺伝したせうわなにをするやめぇdrftgyふじこlp;

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212 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/10/04(火) 20:03:17 ID:???
ふたたび奥さんが出て来た。何やら手に小さな紙包み二個を持って言葉をかけてきた。
言葉はよく分からないが、折角美人の若奥さんのお出ましでもあるので、ふたりは揃って手を休めた。
すると彼女は持ってきた紙包みを、さも気恥しそうに一つづつ私たちの手に渡してくれた。
足元に山積みになっている薪の分量に満足顔で、「スパシーボ」と礼をいって戻っていった。
早速貰った紙包みを開いて見ると、それは大豆の煎り豆であった。
彼女が気恥しそうに手渡してくれた意味が分かった。この辺地で食糧不足の中、
彼女が我々の労働になしえた精一杯の心遣いであっただろうと思った。
彼女のおかれている立場からすれば、なにも我々俘虜に対し、
こうまで気遣いをする必要もない筈であるのに、
気恥しい思いまでもしてもてなす心遣いが、私らにとってはなんとも言えないほど嬉しかった。
そこには国境を越えた人情をかいまみることができた。


213 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/10/04(火) 20:12:18 ID:???
↑ ttp://www.asahi-net.or.jp/~ID1M-SSK/yoshi33.htm

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209 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/09/30(金) 20:42:29 ID:???
・・その時、舟艇の米兵が、坂本兵長の水筒を指さし、よこせと手まねで言いました。
炎天下に立っていたので水筒はさわると熱いほどになっています。
「どうせこの水も飲めまい、記念にほしいのならくれてやろう」
水筒を渡すと米兵は船内に姿を消し、しばらくすると戻ってきて、
さっきの水筒を返してくれました。さわってみると、冷たい、こおりつくような水が
いっぱいに入っています。おどろいた坂本兵長が感謝をこめた眼でだまって頭を下げると、
米兵はニコッと笑って船室に入って行きました。 きのうまでの敵だった、
米兵の何気ない好意に感激して、坂本兵長はその水をぐっと飲みました。
うまい水でした。雨水でない、本物の水でした。このことは、坂本兵長の、生涯忘れられないひとコマになりました。
そして島はどんどん遠ざかり、視界から消えていきました。

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200 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/09/03(土) 00:39:09 ID:YHl+JC17
漏れのじいちゃん、徴兵されたが身体が弱く、
上官も呆れるほどで、部隊は出征したが、じいちゃんは内地師団司令部の警備任務に残された。
師団司令部からじいちゃんばあちゃんの実家までは、現在ならクルマで30分ぐらい、
終戦になるやいなや、じいちゃんは武器を投げ出し、国鉄に飛び乗った。

同じころ、働き手がいなくなって、ばあちゃんはとうちゃんと兄弟を連れて街に働きに出ていたのだが、
そこを見舞ったのがB29の空襲。
ばあちゃんはとうちゃん以下兄弟の手を引いて地獄の中を逃げ延び、実家にたどりついていた。

そこで幼いとうちゃんの仕事は、兄弟の分も含めての食料調達。
田んぼの中を走り回り、ドジョウを捕まえて鍋の材料を確保していたのだが、
その田んぼの脇をとぼとぼと歩いていたのがじいちゃん。
「ああ、戦争に負けたのだなあ、あんな小汚いガキがドジョウ採りをやっているとは」、
・・・で、家に着くと、くだんの「小汚いガキ」が「とうちゃん、お帰りなさい」。

まあ、終戦翌日の晩御飯の食卓を、一家で囲めたというだけで無上の幸せであろうか。
・・・ちなみにここまでの「わが家の戦史」の聞き取り調査において、
「じいちゃんはな、兵隊さんがそれはそれは辛くって」
「何を言うやら、ワタシがどれだけ苦労をしたか」
「とうちゃんはな、じいちゃんとばあちゃんを助けた、そりゃあ孝行息子でなあ」
・・・証言者の証言に微妙な食い違いがあり、戦記作家の苦労が少しだけわかったのは言うまでもない。

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194 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/08/02(火) 20:33:25 ID:???
中国大陸で従軍してたある将校、敵情視察で森の中を歩いてたら
大蛇が出てきたが、音をだすわけにも行かず軍刀でズンバラリン
視察を終えて陣地に戻り、「いやーデカイ蛇がいてさぁ・・・」と部下達に話すと
部下は大喜びで蛇を回収しに行っちゃった。
「蛇なんてどうすんの?」「うちらの故郷じゃ蛇はご馳走なんですよ、懐かしいなぁ」
「・・・本当かよ」

という事でその夜のメインとして蛇登場
「ささ、隊長からまずどうぞ」と蛇料理の入った飯ごうを差し出され
こうなっては食べぬわけにも行かず、恐る恐るモグモグ・・・
「隊長の故郷の名物のドジョウは汚い泥の中に居ますが
蛇は朝露で身を洗うきれい好きなんです。絶対こっちの方がいいです」
「そんなもんかねぇ~」モグモグ「あ、御代わりいかがですか?」
「うん、もっともらおうか」「本当にいいですか?(・∀・)ニヤニヤ」
「え?」「うまいでしょう?(・∀・)ニヤニヤ」
「・・・あ、忘れてた」次の瞬間みんな大爆笑。楽しい晩餐となったという。

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191 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2005/07/31(日) 09:22:27 ID:???
漏れのじーちゃんの話
ご飯なくなっておなかすいて、隊と一緒に山の中でうろうろしてたんだって。
そうしたら向こうからアメリカ軍がやってきた。
隊パニック。腹減ってるのもあったのか、大混乱。
「うわぁぁぁぎゃぁぁカーチャーン」「騒ぐなうたれrftgyふじk!」「天皇陛下バンザイぃぃ」
それを見たアメリカ軍。
「なななななんだぁぁ!?(本当は偵察にきただけだったらしい・・・)」
「上官、上官、変な人たちがいます!」
「馬鹿!あれは日本軍だろ!」
アメリカ軍の一人が、銃を構えて、じいちゃんの隊を撃とうとした。
だけどあまりにもガクガクブルブル((((;⊃Δ⊂))))ヒイイモウオシマイダーする彼らに、なんだか戦意喪失。
それでいいのかアメリカ軍。とりあえず見なかったことにして、帰ったとのこと。

戦争って、案外そういうほのぼのとした話が埋もれてるような気がする。
こういう話を本にしたりとか、しないのかなぁ。。。

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190 名前:実体験[sage] 投稿日:2005/07/29(金) 06:35:31 ID:???
とある外国の軍隊に突撃

案内してくれる軍人さんに日本土産のカンパン、センスをあげる

その後説明を聞きつつ基地の中をブラブラ

壊される予定の家へ

壁に貼ってる新隊員募集ポスターに目が行く

ニヤニヤ笑った軍人さん『これもってけ』

その他にコップとペンもらいますた

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