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軍事板「戦時中、戦場でのほのぼのとした話」スレまとめサイト
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647 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2006/03/16(木) 03:02:08 ID:CVCF5I3A
中国で、ある輜重兵が自分の担当の馬が脚をくじいたので
処置しろと命じられたけれど、かわいそうで殺せなくて置き去りにした。
それから数週間して、たまたま別の部隊とある村で行き合わせたところ、
その部隊の中から一頭の馬がノコノコ件の兵のところへ隊列をはなれて寄ってきて、甘えた。
あの、置き去りにした馬だったんだ。一生けん命交渉して馬を返してもらった。
その兵のうれしさにほのぼのしないかい?
伊藤圭一の本のうろ覚え。キシュツかな?

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643 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2006/03/14(火) 17:51:35 ID:???

ミャンマー独立の父と言われる鈴木少将(南機関長当時大佐)の話

鈴木少将が、ビルマの伝説の人、『ボーモージョー』となったいきさつも、
「別にどうということはない。いつだったか、オンサンたちが日本へ亡命して
 間もなく、将来ビルマへ進撃する時の夢物語をやっていた。その時、我々が
 のりこんだら、ビルマ人はびっくりするだろうなということになり、ビルマに
 行くならビルマ風の名をつけなければならない。日本では怖いものを、
 『地震、かみなり、火事、親爺』
 としている。地震や火事や親爺でも妙だから『かみなり』がいい。雷は
 ビルマ語でなんというのだと、オンサンにきくと、
 『ボーモージョーだ』
 と、いう。
 『ボーモージョーか。そりゃアいい。雷将軍だ』
 とその時は冗談で言った。それが進軍の時、みんな変名を用いることになって
 から、ひょいと頭に浮かんできた。それに、装備が(日本の)正規軍より劣っ
 ているのだから、少々芝居ッ気を出してやれというので、ビルマ服を着て
 白馬にまたがるという演出をやった。まさかビルマに
 『英帝国に滅ぼされた最後の王子が、いつの日にか白馬にまたがって、太陽を
  背にして東からビルマ人の苦難を救いにくる』
 なんて伝説があるとは、私もその時は知らなかった。ところがこれが、偶然の
 一致で『ビルマの救世主ボーモージョー』にまつりあげられてしまった訳だ。
 もちろんビルマ義勇軍の幹部連は、私が日本人であることも知っていたが、
 なにせ色はこの通り真っ黒だし、顔も南方系にできているから、ビルマの
 大衆にはそれが解らない。 
 『ボーモージョー来る』
 で敵は逃げるし、行く先々で住民はこぞって貢ぎ物をする。とんだ儲け物を
 した訳だ。」
 と鈴木少将は語った。


644 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2006/03/14(火) 17:53:36 ID:???
 なお、この鈴木少将は昭和42年9月に自宅で亡くなられたが、ちょうどこの日、
 佐藤栄作首相がビルマを訪問したが、ビルマの新聞の第1面トップを飾った
 のは、佐藤首相の来緬の記事ではなく、
 『ボーモージョー急逝す』
 の鈴木少将の死と、黒枠付きのビルマ服をまとった往年の『雷将軍』の、
 彼の写真であった。さらに、社会面では彼の経歴とビルマ独立に尽くした
 功績が数段にわたってしるされたのである。
 なお、余談であるが、この日、日本の新聞で彼の死を伝えたものは、
 読売新聞ただ一紙のみ。(ただし内容は普通のお知らせ程度の記事)
 
 南機関について知らない方はぐぐって下さい。

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630 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:2006/03/10(金) 23:59:48 ID:???
>>626 のつづき
班長が警備担当していた鉄道路線だが、二度にわたり夜間爆破されたことがあった。
なぜか爆破場所は、二度とも受け持ち区域から40メートルほど離れた線路で、
他師団の警備受け持ち区域だった。

班長の責任にならずに胸をなでおろしたが、あまりにも都合のよい場所が続いたので、
親しくしていた村長に訊ねたところ、実は夜間に共産軍が来て強要されたとのこと。
やむを得ず爆破の手引きをしたが、班長の受け持ち区域は迷惑をかけないように外したらしい。

やはり人の繋がりは大切にしておかねばと…

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626 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:2006/03/10(金) 08:52:09 ID:???
中国で鉄道の小警備隊を任せられた若い班長。
任務を無事果たすには付近の村民と仲よくなるのが第一と、
井戸端で洗濯するおばさん達へ、酒保で石鹸を自費で買ってプレゼントした。
おかげですぐ打ち解けて、駐屯生活の事まで話がはずんだ。

数日後、駐屯地へ村の方から大勢の女性が訪ねてきた。おばさん達である。
何事かと驚いていると、兵士達の洗濯をしてあげるために来たという。
男ばかり6名の溜まった洗濯物は、付近の川で心を込めて洗濯された。

中国で日本兵は東洋鬼子(トンヤンキー)と恐れられ忌み嫌われていたが、
心が通じると、互いに良い事もあったらしい。

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621 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:2006/03/09(木) 14:39:14 ID:???
一年くらい前の話
友人と川で釣りをして帰る途中
福生市内で踏切で待ってたら右肩をトントンと誰かに叩かれた。
周りは雑木林と家がぽつぽつとあるくらいで、人も数人しかいなかった。
で、右後ろ向いたら誰もいない。気のせいかと思ったらまたトントンと・・・
で、怖くなって後ろ向かなかった。で、次にトントンとやられておもわず
ビクッとしちゃってサッと振り向くと白人が数人で必死で笑いをこらえてた。
で「釣れたか?」とか聞いてきて「全然。てかなんかよう?」
と言うと「ぼくお魚大好きですw」とか言ってきて思わず爆笑しちまった。
話を聞くと横田の軍人さんでした。 踏切待ってる間だけで仲良くなっちゃうような
ああいう国民性見習うべきなのかもなと思った。  スレ汚しスマソ。

関係ない話スマソ。

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608 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2006/03/02(木) 23:02:02 ID:???
ロンメル将軍が家族によく語っていた逸話

イタリア軍に前方の英軍に対して攻撃するよう命じた。
彼らは武器を持って進んでいった。
すると見よ、彼らは武器を投げ出してこちらへ逃げてくるではないか。
何事が起きたのかと問いただしてみると、彼らはこう言った。
「話が違う! あいつらはオーストラリア軍だ」

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593 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2006/03/01(水) 21:16:32 ID:???
某板で投下した第二次上海事変時の津田部隊の第三大隊第十二中隊のある上等兵の談話
誤字など若干手直しして再投下。

「大場鎮攻撃の最中、自分は炊事方をひきうけた。幸い米はあったが、おかずがない。戦場に捨野犬がうろつ
いて敵味方の死骸を食い荒している。なんとか、栄養たっぷりな、元気のつく食物をと考えていたところへや
って来たのが皮膚病で毛もはげちょろけた一匹の野犬。死骸の御馳走で、からだだけはまるまると太っている
から、こいつを撃ち殺して皮をはぎ、肉をこまかにきざんだ。ごぼうをむいて肉とまぜ合せ、粉醤油で味をつ
けると肉飯ができ上った。皮膚病の犬でも、肉の味には変りがないから、いかにもうまそうな匂いがする。し
かし、これを遅ぶ容器がないので、砲弾に崩れ残った中国学屋へ入って捜し回ると、うるし塗りの立派な桶が
見つかった。中まで、朱できれいに塗りあげてあるから (・∀・)コレダ!! というのでこれへ詰めた。
 さっそく部隊の進撃の後を追尾したが、行けども行けども追いつかない。自分の部隊に行き当らないのだ。
ひょっとしたら自分が見落したかな?と思ってたら、もう上海の入口。

続く

594 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2006/03/01(水) 21:17:56 ID:???
(引返してみようか)とさまよっていたところへ『おい、貴様なにをしている!』と呼びかけたのが、同じ
大隊の上等兵です。『飯を運んで来たんだ』というと『そりゃァ有難い。こっちだこっちだ』と、部隊が
小休止している場所に案内する。『飯キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!』というんで、みんな駆け
寄った。
『おい、肉がはいってるぞ(*゚∀゚)=3 貴様、一体なんの肉だ?どうも牛ではないな?』 『なんでもいい
じゃないか(・∀・)ニヤニヤ 食ってみればわかる』 『牛でないとすると馬か?馬なら上等だ』と、兵たちが飯を
鷲づかみにしてパクついているところへ、連絡兵が帰って来た。『おい、俺にも食わせろ!』と、パクついて
いる兵隊の中へ割りこんで、二口三口夢中で食ったが『( ゚д゚)アレレ?』と言いだした。『どうした?』 
『貴様、この飯を、それに入れて連んで来たのか?』と、うるし塗りの容器を指す『ああ、立派なものだろう?
中まで塗ってある』と、自分が自慢すると『( ゚д゚)・∵.ゲェ!!』といってその兵、手にもった握りめしを放り
出すと『貴様、それがなんだか知っているのか?(゚Д゚)ゴルァ!!』と叫んだ。自分が『さァ?なんだろうな?
随分、立派なものじゃァないか。多分、骨董品かなんかだろう?』というと『馬鹿野郎、そりゃァ、中国人が
寝室へもちこむ便器だ!(゚Д゚)ゴルァ!!』とたんに『ΩΩΩナンダッテー!!』とみんな『ゲェゲェorz』やりだしたが、
腹の中へ入ったものは、どうにもならない。すると『この肉もあやしいぞ?!』となった。
『実は犬だ(・∀・)ニヤニヤ』と白状すると『畜生ッ!やったな!』と、またしても『ゲェゲェ』が始まる。」

おしまい

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584 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2006/03/01(水) 01:43:49 ID:???
日露戦争時に「銃口蓋」という言葉を覚えられずに何度教えても「テッポのシャッポであります」としか言わなかった兵隊がいた(以下シャッポ氏)。
さてそのシャッポ氏が所属していた部隊がある陣地を攻略するとき鉄条網を破壊し突破するある作戦を計画した。
その作戦とは綱引きの綱を鉄条網にくくりつけてみんなで引っ張って破壊するというようなものだったとか。
しかし誰がその綱をくくりつけに行くのか?ネコの首に鈴を付けに行くネズミのようなもので誰も名乗り出ない。
このとき名乗り出たのがこのシャッポ氏でさっそく綱を持って敵陣に向かった。
シャッポ氏はのそのそと敵陣に向かって一人歩き出したがその歩き方はあまりにもゆったりしていた。
そのためか敵方も一体何がはじまるのかと呆気にとられていたのか全く発砲しない。
やがてシャッポ氏が鉄条網にたどり着いたあたりで敵サンもシャッポ氏が何をしようとしてるか分かり始めたらしい。
そして本格的な射撃が始まった頃にはシャッポ氏は一通りの作業を終えて味方の塹壕に戻り着いており無事に難を逃れた。
この作戦が成功したのかどうかまでは聞いていなかった。

以上比留間弘の「脱線陸軍よもやま物語」より、うろ覚えもあるけど大体こんな感じだったと思う。
よもやま関連は珍談、奇談のオンパレードなのでぜひおすすめ。

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551 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:2006/02/25(土) 21:44:46 ID:???
イタリア空軍は全期間において計器飛行の訓練を
全くしていなかったらしい。
ある戦闘飛行機の初期型は密閉式風防であったが。現場からの「風が感じられない」
という苦情で開放式に戻した。
そのために、折角の高速戦闘機が台無し。

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543 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2006/02/23(木) 17:31:29 ID:ybtjHawr
近所に老夫婦が住んでいるんだが、先日、おじいちゃんの「もう少し酒を飲ませてくれ」と言う言葉にお婆ちゃん激怒
ばあちゃんが「だれのおかげで、今まで生きてこれたと思っているんだ!!!」と激怒。
知り合ったきっかけは、沖縄の野戦病院で、じいちゃんが病院を守るために、撃たれ重傷を負い、その軍医が音を上げた瀕死の重傷だったじいちゃんを看護したことだそうです。
開いた頚動脈を、ばあちゃんの髪の毛で、縫い合わせたそうです。
傷口を見せてもらった時、じいちゃんが「こいつの縫い方が、下手糞だったんで、傷口が残った!!」とふざけて言ったら、ばあちゃんが「命を救ってんだから、感謝しろよ!!」と蹴飛ばしていました。

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