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軍事板「戦時中、戦場でのほのぼのとした話」スレまとめサイト
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256 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/09/17(火) 01:19:05.03 ID:???
太平洋戦争中に軍令部で暗号解読に当たっていた学徒士官の話
秋田かに時刻と思われる数字のあとに、GCTと読める箇所が頻発する
このGCTとは何か分かれば、解読も進むと考えて上司に相談
するとグリニッジ標準時であると教えられた
アメちゃんも意外とうっかりさんであるし、GCTの意味も知らない大学生もマヌケだ


257 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/09/17(火) 02:07:56.85 ID:???
GCT?


258 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/09/17(火) 02:33:07.52 ID:???
GSTのtypoなんじゃね?


259 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/09/17(火) 05:24:16.84 ID:???
当時は「Greenwich Civil Time」グリニッジ平均時だった模様


260 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/09/17(火) 22:42:28.96 ID:???
(´・∀・`)ヘー

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210 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/09/07(土) 22:00:46.55 ID:???
>>208-209
詳しくありがとう。お礼に一つほのぼの成分を。

 20世紀初頭、モロッコ北部のリフ山地で戦争が起こった。二つの不帰順山岳の間に前線陣地を構えたスペイン軍部隊は、ある晩モロッコ軍側の軍使一行を迎え入れた。
 スペイン軍の大尉は茶を出して彼をもてなし、礼節をわきまえた軍使もそれに答える。しかし、共に茶を飲んでいると銃声が聞こえ始めた。東方の山岳部族の一団がこの陣地に夜襲をかけて来たのだ。困ったのはスペイン軍大尉である。

大尉「申し訳ないが、あなた方の同胞が攻撃してきているので、退去していただけないだろうか……」
軍使「それは出来ない。何故なら我々は今晩、あなたの客人だからだ。貴官を見捨て去ることは神が許さないであろう……」

 軍使一行はその言葉通り、大尉の部隊に加わって陣地を救った上で、やっと自分たちの鷲の巣(恐らく断崖陣地)へ登っていった。

 それから暫く経ち、今度は彼の軍使の部隊が陣地を攻撃しようとした。その前日、敵軍は再度軍使を送った。
軍使「先の夜、われらは貴官をお援けした……」
大尉「そのとおりだ……」
軍使「われらは、貴官の為に、小銃弾三百余を放った……」
大尉「そのとおりだ……」
軍使「それを我らに返してもらえまいか……」
 この求めに、気位の高い大尉は、相手の気高さゆえに、自分が受けた利益を利用しかねた。彼は自分に対して使われるであろう弾薬を返してやったという。

サン=テグジュペリ著『人間の土地』より

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193 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/09/05(木) 21:40:15.04 ID:???
捕虜話縛りってわけじゃないが、うちの親戚の爺さんは民間人だったが敗戦で満州のへんで捕虜というか日本人街に隔離されたらしい
そのときに手荷物制限があったらしいが、武器だのなんだの持ち込まないようにか鞄の荷物をひっくり返されて調べられること甚だしい
で、この爺さんこんな状況下でもブロマイドだの雑誌の女優の切り抜きだのをアルバムに綴じでもちこもうとしたらしく、当然検査の中国兵に見つかるわけだが
( `ハ´)  「お前、こんな大変な時に家族の写真じゃなくてブロマイドあるか?」
(´・ω・`) 「リアルなかーちゃんは怒るけど、原節子はいつでも俺に(銀幕の中で)微笑んでくれるやん」
( `ハ´)  「…李香蘭より原節子派?」
(´・ω・`) 「節ちゃん一筋や…」
( `ハ´)  「…私も節子派アルヨ。で、このブロマイド呉れない?」
(´・ω・`) 「他のを返してくれるなら…」
と何故か意気投合して出入りは自由になるは、買い出しの代表として融通効くわと結構好きなことをやったらしい。

というか、これだけ日本映画に馴染んでいる中国人だから内通者とか漢奸として処刑されてないのかとかいろいろ気になるのだが、日本人街での自治組織とかならこんなものなのかなあと思っている



194 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/09/05(木) 21:47:03.98 ID:???
相手が国府軍か八路軍かで違ってくる気もする。



195 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/09/05(木) 22:41:51.56 ID:???
>>193
戦前戦中世代の中国人は日本映画好きがかなりの割合でいたという話が中国の映画事情の本に載ってたな。
人民解放軍が「敵の退廃的な文化を見よ! これが我らの敵である!」
という思想教育目的で日本映画を将校たちに見せていたら、
自国のプロパガンダ映画よりも出来が良い上にシナリオも面白くて、
敵視するどころかすっかりその時間を楽しみにするようになったとか。



196 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/09/05(木) 22:42:38.94 ID:???
>>193
実際は大変な環境だったと思うけどなごんだ

特別な場合は別として、中国は現場任せで規律にうるさくないイメージかな。
どこかの部隊が終戦を知らぬまま作戦続けてたら、軍使がきて
戦争終わったから要地の攻撃をやめて城外で宿営してくれ、と言われた。
日本軍部隊は終戦を確認したが、中止命令が無いから攻撃すると伝えたところ
向こうは、じゃあ城内で一緒に宿営しようと言ってきた。
それでも部隊は予定通り攻撃を開始したが、中国側は要地を捨てて退去しており
建物の中には戦勝を祝う豪勢な料理が手付かずで残されていたそうだ。

あと最近ネットで従軍看護婦の話を読んだけど八路軍も割と紳士的に書かれていて意外だった。



197 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/09/05(木) 22:47:20.08 ID:???
李香蘭派と答えていたらシベリアに送られてたのか



198 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/09/05(木) 23:40:20.83 ID:???
>原節子はいつでも俺に(銀幕の中で)微笑んでくれるやん
オレの嫁もディスプレイの中で…

なんだ爺さんたちもかわらねえな

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148 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/09/01(日) 03:33:54.39 ID:???
象に武装したらかっこよさげ。
一方、中国戦線では路肩で戦車が引っくり返り
周りにいた歩兵が集まって、みんなで「せーの!」
って人力で押して元に戻せたそうです。
たぶん豆タンクの部類と思いますが、親戚の大叔父さんの話。



149 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/09/01(日) 08:37:00.57 ID:???
>>148
いや、第一師団が上海からマイにら・レイテに輸送するときも、船倉まではデリックで積み込むのだが、船倉の中での配置は人力でやっている。
レベルを出すのに土嚢がもったいないから糧秣の米袋を積み重ねてならしたんだけど、キャタピラで動くと米袋を破くので、
若いのが何十人かあつまって、せーので持ち上げて奥から順番に並べている。
捜索第一連隊の分なので、おそらく九五式の話



150 名前: 忍法帖【Lv=29,xxxPT】(1+0:8) 【Darmy1373755474994539】 【東電 68.2 %】 [saga] 投稿日:2013/09/01(日) 08:37:06.55 ID:???
>>148
電車を人力で傾けて、ホームと電車に挟まれた人助けてるし、いざとなったら現場の
人間ががんばって何とかしちゃうエピソードはちょくちょくあるよね。漏れも交差点で事
故ったワゴン車、警察と消防の人が人力で路肩に移動させてたの見たことあるし。
(車輪は全く動かなかったらしく、車両の左側面方向にエンヤエンヤと動かしてた。)
 日本ではこんな風に現場の人が頑張って何とかしちゃうんで、システムの不適合が
見逃されがちになり、規格の標準化が遅れちゃうって面もある。この傾向は今もあって
本来なら不適合業務として是正した方が良い手順がそのままになる事例が散見される。

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154 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/09/01(日) 11:19:49.30 ID:???
中国戦線にいたおじいさまにお話を聞く機会がこの間あったのだけれど、
「わしゃあ戦争に行って一回も怖い思いをしとらんのよ」
と苦笑いしながら話す可愛いおじいさまだったw

蘇州近くにずっと駐留していて、重機関銃分隊の兵長をやっていたそうな。

①機関銃重い
②弾薬箱も重い
③装備運ぶ馬の世話めんどい

軍隊生活はだいたいこの3点に集約されるらしいw

「軍隊で殴られたりはしなかったんですか?」
と訪ねたら
「うちの部隊では、んなこたぁなかったな。
悪いことせん限り殴られるなんてことはなかった」
と随分とまったりした部隊だったらしい。

一番想い出に残ってるのは、終戦直後に部隊の武器を引き渡すために、
武器を駐屯地の広場に並べていると、
超低空でアメリカ軍(?)の偵察機がやってきて、空撮写真を撮影して去っていったことらしい。
で、しかもそのパイロットが金髪碧眼の女性だったのにたまげたんだとか。
いわゆる「敵」を目にしたのもその時が最初で最後だったとのこと。




155 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/09/01(日) 11:31:35.54 ID:???
>>154の追加

その他にも、「蘇州夜歌」という歌が流行りだったらしく、
「戦争終わったし折角だから蘇州いってみよーぜ!」
と戦友達と一緒に蘇州の街に遠足に行ったお話も。
(でも蘇州は門が閉まっていて、
日没前だったのでわざわざ開けてもらうのも気の毒、
ということで帰ったそうな)

あと、負傷して野戦病院に収容されたことがあるのだけれど、
それは戦闘による負傷ではなく、
機関銃を運搬する馬を運動させていたら落馬したから。

それと、中国の人とは仲が良く、
蚕農家に終戦後は寝泊まりして家の仕事を手伝ってあげたりしてたんだとか。



156 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/09/01(日) 11:44:08.77 ID:???
「蘇州夜曲」でなくてかい
ttp://www.youtube.com/watch?v=4WPDv3xOBzg

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96 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/08/17(土) 13:28:42.44 ID:???
WW2でブラッドレー将軍が「イリノイ州の州都は?」と歩哨に聞かれ「スプリングフィールドだ」と正しく答えてしまったため、怪しまれて営倉入りになったってほのぼのがあったけど、自衛隊でもこういうのよくあるらしい

以下、メルマガ「軍事情報」サイトより抜粋
海将補の某艦艇部隊指揮官がウッカリ身分証明書を持たぬまま公用車で上陸し、帰りは徒歩で艦艇基地の隊門を通ろうとして警衛立直中の2等海士に止められ、中に入れてもらえなかったことがあります。
「私は○○群司令だ」と言っても、「お顔は知っています。でも身分証明書の無い者は絶対に入れるなと当直海曹からきつく言われていますからダメです」と泣きそうな顔をして、頑として通さないのです。  
連絡を受けた旗艦の副直士官が隊門まで行って、彼の身元を証明してやっと入門、帰艦できたのでした。   
上陸して飲んですっかりご機嫌だったこの海将補は、「あの海士は立派なヤツだ。警備隊司令にあいつを褒めてやるように伝えろ」とますます上機嫌でした。

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93 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/08/15(木) 13:59:31.72 ID:???
とても良い買い物をしたからお裾分けだァ~。

 1951年2月、前年の中国義勇軍の大攻勢は幾つかの理由により完全に潰えた。
第一に兵站の崩壊と寒波、FEAFによる不屈の航空支援、そして地獄の鍋釜からの脱出行によって共産軍の度重なる追撃を撃退し続けた米第2歩兵師団や海兵第一師団を始めとする国連軍地上部隊の敢闘によってである。
北緯37度線以南へ撤退して当初の壊乱状態から回復した国連軍は、リッジウェイ中将の元に部隊の休養と再編を急いでいた。

 このような状況の中、中国義勇軍を主力とした共産軍は撤退して部隊を再編し、前年から51年初頭にかけての大損害にも関わらず、兵力の活発な移動を行っていることが確認されたのである。
 第77任務部隊所属第195攻撃飛行隊は、北朝鮮東部の敵移動及び兵站線に対する一連の航空阻止作戦“ストラングル”を開始した。
共産軍の首根っこたる兵站線を文字通り絞め殺すことが目的のこの作戦で、VA-195は有名なトコリの橋を破壊することに成功しているが、その多くが渓谷や丘陵、山間部に位置する橋やトンネルを攻撃することは困難を極めた。

 VA-195所属のT・アトキンソンは、“空飛ぶバイタルパート”たるAD-4スカイレーダーに遅延信管の910kg爆弾を吊り下げ、トンネル攻撃へ向かった。
 このトンネルは低い丘を通り、その出口には狭い谷を渡る鉄橋があった。アトキンソンはトンネルへ続く鉄路に沿って降下し、スキップボミングの要領で爆弾を投下した。
 爆弾は浅い角度で接地するので、地面を飛び跳ねて丁度入口へ飛び込むはずであった。
 アトキンソンは投弾後急上昇したが、その顛末は小隊僚機によって注意深く観察された。
爆弾は接地した後、予想を遥かに超えて跳躍し、低い丘を簡単に飛び越えた。そしてあろうことか、その向こうにある鉄橋へ的中したのである。
 910kg爆弾はこの種の目標に十分過ぎる威力を持っていたから、直撃を受けた鉄橋は真っ二つに折れ、谷底に構造物を撒き散らした。
 この神秘的な結果を聞き付けてきたスターズ&ストライプス紙の記者に、アトキンソンは無邪気な惨劇をもたらした子供のように、いたずらっぽく答えた。

「こんなこと、僕は日曜日にしかやらないよ」

―クリムゾンスカイ“朝鮮戦争の航空戦”ジョン・R・ブルーニング著/手島尚訳 光人社NF文庫より

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89 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/08/12(月) 18:45:46.57 ID:???
俺の爺ちゃんはインドネシアで終戦まで平和だったって言ってた



90 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/08/12(月) 20:38:43.70 ID:???
>89
パレンバンに軍属でいた祖父曰く、空襲はかなり後になるまで無かった。
肉に果物に美味い物ばっかりで、ずっと居たかった、ですと・・・



91 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/08/14(水) 21:00:44.92 ID:???
死んだ爺さんは蘭印攻略からそのまま敗戦までいたらしいが、
農園主がいなくなって無主となったコーヒー畑から豆パクって来て鉄兜で炒って飲んだ話ぐらいしかしなかった

ちなみに敗戦間際に隊内で航空転科(パイロット)の選抜試験があったらしいが、
特攻隊のニュースが出始めた頃だったので「高い所に行くとキンタマがキュンとなるので勘弁してくれ」といって選抜から漏れたらしい



92 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/08/15(木) 01:18:06.78 ID:???
視力が落ちたなど、もう少しマシな言い訳あったろうにキンタマてw

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83 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/08/07(水) 12:11:40.73 ID:???
艦隊これくしょん というゲームをプレイするご老人
彼は元帝国海軍の駆逐艦乗りだった
というtogetterまとめから1エピソードを抜粋

「こういう軍艦とかの擬人化なんかが人気になるのってやっぱ複雑なとこあったりする?」
という感じのことを失礼を承知で聞いてみた事に対して。
「艦はなんも悪くないんだよ。で、艦を戦争にしか使えなかったのが俺らみたいな軍人なわけだよ。
戦争なんてクソを美化するやつはロクデナシだが、そうでないならいいんじゃねぇの。
俺達が戦争にしか使ってやれなかった艦を孫の世代が愛でてくれんだぞ?
すごいじゃねぇか」
という旨の返事を頂いた物

思わず転載したくなるほどジンときた

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80 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2013/08/06(火) 15:19:28.37 ID:???
うちの婆ちゃんから聞いた戦争のときの話。

婆ちゃんのお兄さんはかなり優秀な人だったそうで、
戦闘機に乗って戦ったらしい。
そして、神風特攻にて戦死してしまったそうです。

当時婆ちゃんは、製糸工場を営んでいる親戚の家に疎開していました。
ある日の夜、コツンコツンと雨戸をたたく音がしたそうです。
だれぞと声をかけども返事はなし、
しょうがなく重い雨戸を開けたのですが、それでも誰もいない。
婆ちゃんは、それになにか虫の報せを感じたそうで、
「兄ちゃんか?」と叫んだそうです。返事はありませんでした。

その後戦争が終わり、婆ちゃんは実家に戻りました。
そしてお兄さんの戦死の報せと遺品、遺書が届いたそうです。
婆ちゃんは母親、他の兄弟たちと泣いて泣いて悲しみました。
遺書には、お母さんや他の兄弟について一人一人へのメッセージが書いてありました。
婆ちゃん宛には、次のように書かれていたそうです。

「キミイよ。兄ちゃんが天国いけるように祈ってくれ。
弁当を食べてから逝くから、空腹の心配は無い。

この国を、日本を頼んだぞ。負けても立ち上がれ、誇りを捨てるな。
まずしくともよし、泥をかぶってもよし。かねを持っても、うまいものを食ってもよいのだ。
ただひとつ心を汚すな。それが日本人だ。心を汚されたときこそ、おこれ。

黄色のりぼんがよく似合っていた。兄はいつも共にある。うつくしくあれ、キミイよ。」

婆ちゃんは疎開先の製糸工場にいるとき、当時出来たばかりの新商品である
黄色のヒモを毎日お下げに巻いていたそうです。
お兄さんにその黄色のヒモを見せたことは一度も無かったので、
あの雨の日にワタシに会いに来たんだと、婆ちゃんは生涯信じていました。

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