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軍事板「戦時中、戦場でのほのぼのとした話」スレまとめサイト
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23 名前: 名無し三等兵 投稿日: 2001/07/30(月) 23:13

私のおばあちゃんから聞いた話。

とある地方都市に住んでいたおばあちゃん一家。
おばあちゃんが町はずれに買い物中(昼間)に空襲になって、
おばあちゃんは家族が心配で、なんと空襲下の町中へ走っていったと。
空襲自体は大したことがなかったので、幸運にも家族は無事だった。
私が「それおばあちゃんが危なかったじゃん?」と聞くと、
「そうなんだけれどねえ。とっさになるとねえ」と照れ笑いしていました。

そんなおばあちゃんも、一昨年ガンで死にました。

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588 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/07/03(火) 21:53:08 ID:???
陸上自衛隊某駐屯地祭の、訓練展示に参加した74式戦車。
2台参加して、空包発射もあったのだが、訓練展示が終わったあと、
1台は装備品展示のために駐屯地営庭に引き出され、
1台は建物の裏の駐車場所で、主砲も下向きにして手入れされていた。

トイレを探していて建物の裏に出たおいら、
車座になって主砲の空包薬莢をせっせと磨いている、戦車乗員に出くわした。

おいら「それ、空包の薬莢ですか?」
乗員「はい、あ、ちょっと持ってみます?」・・・短めだがずしりと重い、
乗員「実弾の薬莢の先を切って使うんです、手入れと検査をすれば10回ぐらい使えますよ」

おいら「リサイクルってとこですか・・・その・・・お金がないんですか?」
乗員「あっははは、確かにお金もないですけれど、
国民の皆さんに買って頂いたものを大切に使っているだけですよ」

訓練展示が終わってそんなに時間がたってないのに、早くもピカピカに磨かれた薬莢、
お金がないんですか、などという質問をした自分を、恥ずかしく思ったものだった。


590 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/07/03(火) 22:57:56 ID:???
>>588
自衛官の制服組は、血税を使っているという意識を叩き込まれているそうですね。
(最近、問題児も増えているようですが・・・)

私の忘れられないのは、空自のパイロットは緊急事態になっても
脱出したがらなかったと聞いたことがあります。機体を放棄したくないとか。
まだ自衛隊への風当たりが強かった頃は、特にその傾向が強かったそうです。

選書乗員の笑い飛ばしつつも、丁寧に説明するところがイイ。

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502 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/06/16(土) 00:19:36 ID:???
漏れの妹がアメリカ某市にホームステイに行ったときの話。

ホームステイ先のご主人が、三八式歩兵銃を1丁コレクションしており、
「ここの文字がタイプ38を示すのはわかるんだが、ここのマークがわからないんだよ」
「あ、それなら、日本にいる兄貴がガンナッツ(銃ヲタ)だから、聞いてみてあげる」
・・・国際電話がかかってきて、銃の知識がない妹の通訳で、できるだけ説明を試みた。

あとで妹に聞いた話によると、
「そうか、ここのマークは製造所を示すんだな、よくわかった。
私はガンナッツでもあるんだが、銃器は作られた国の歴史を語るサンプルだと考えているんだ。
そう思って、銃をコレクションしているんだよ。
ワイフがうるさくてなかなかコレクションが増えないんだが(笑)
アリサカ・タイプ38はよいライフルだと思う、君のようによい子の育つよい国の製品だな。
・・・君のお兄さんによろしく言っておいてくれ」

妹が帰国したとき、ご主人からのお土産で米軍のレーションを持って帰り、
今は賞味期限も過ぎているが、妹がお世話になった記念品として、大事に取ってある。

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484 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/06/12(火) 21:25:52 ID:???
>>473
ある満鉄「蘇家屯」駅の駅員氏。
終戦時の混乱の中でも、大きな駅だった蘇家屯では治安もよかったため、
ソ連兵の略奪をまぬがれた満鉄支給のウォルサム懐中時計を、
満鉄の思い出の品として、日本に持ち帰る決心をした。

しかし、日本への引き揚げ船に乗船する際、手荷物の内容は厳しく検査され、
ものによっては中国官憲による没収もあり得たのだが、
駅員氏、懐中時計を荷物に入れるのではなくしっかと左手に握り締め、
荷物に気を取られていた中国官憲の目をかすめて、持ち出しに成功。

80年代に至っても、満鉄の支給番号入りウォルサムの懐中時計は、
元駅員氏のもとで、1分の狂いもなく、時を刻んでいたという。

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470 名前:名無し三等兵[uso] 投稿日:2007/06/11(月) 18:41:48 ID:???
満州・奉天の陸軍飛行場では、昭和20年8月ソ連の宣戦布告を受け、
陸軍士官学校を卒業したばかりで操縦訓練中の若手士官達による
対戦車特攻隊が結成され、全員覚悟を決めていた。

だが出撃を筑前にして、終戦となった。
その勅令を受けた隊長は、ソ連軍の到着前にいち早く
訓練中の若手士官たちだけを強制帰国させる命令を発した。

「我々はソ連軍の捕虜となる。しかし君たちは、直ちに帰国せよ。
たとえ地を這い草を噛み、犬・豚になっても、祖国復興に全力を尽くせ!」

こうしてソ連に抑留されることもなくいち早く帰国した若者たちは、
隊長の篤志に応え、戦後の日本を支える活躍をしたのだった。

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488 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2007/06/13(水) 10:26:03 ID:a54uzqKK
わけわかんねーすれ違いネタで暴れんなよ

オットーカリウスネタ
オーストリア出身の乱暴者だった勇敢なツヴェティ曹長だけは無難ではなかった。
私たちが警戒態勢を解き、ソ連軍から死角となる高地の陰で物資の補給中
まるで青天の霹靂のように飛んできた跳弾が彼に当たったのだ
彼は戦車の上に立って弾薬の積み込みを手伝っていた。
そして、命中を食らったのだ
よりにもよって文章では書きがたい体の部分に。

少なくともドイツの中年の人々なら、また、誰でも品位ある社会生活をしている人なら、
彼の下腹部に当たったことというに違いない。
ともかく、私たちは爆笑した。
また、これが彼を激怒させた。
ツヴェティはこれまでの戦闘ではまったく無事だったが、この不運な負傷のため
中隊を去らなければならなかった!


490 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/06/13(水) 13:48:25 ID:???
>>488

たまたまたまにあたっただけだろ? と野暮な突っ込みをしてみる。

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453 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/06/03(日) 13:51:01 ID:???
パンツァーマイヤーことクルトマイヤー著「擲弾兵」より

その夜、ビューゲルザックSS曹長は変わった体験をした。
彼は人間には避けられぬ欲求を感じ、小さな納屋を訪ねた。
風の当たらぬところで、ゆうゆうと用を足しにかかった。
「しかし、運命とはわからぬもんですな。」
フリッツ・ビューゲルザック一人だけではなかったのだ。
目の前にソ連軍の少尉が座っていて、黙って彼に期間拳銃を向けた。
しばらく前からフリッツの『重大用件』を眺めていたのだった。
とにかく、われわれは悲鳴を耳にした。
懐中電灯で照らしてみると、ズボンを下げたままのフリッツが、
口も利けずにソ連軍将校を指差しているではないか。
このときほど大笑いしたこともなかった。
相手もフリッツに差し出された煙草が実にうまかったのではないだろうか。

454 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/06/03(日) 16:57:47 ID:???
その後、ソ連将校はどうなったの?

455 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/06/03(日) 18:22:47 ID:???
>>454
その後のことは書いてないけど
この本のほかの事例とかを見るに
将校は捕虜にして司令部に送ったんじゃないかな

あとロバート・キャパが北アフリカの取材で
道中腹痛に襲われサボテンの木陰で用を足して
さぁ行くかと立とうとしたら目の前に
ドイツ語で「警告!地雷原!」と書いてあって
半べそになりながら近くにいた運転手に
「工兵をよんでくれー!」といった
しばらくするとその運転手は
イギリス軍工兵と「雑誌記者」を連れて戻ってきた

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429 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2007/06/01(金) 21:14:41 ID:NPT2mOnB
元ネタはエホバが配ってる雑誌「めざめよ」だけど、笑えると
同時に突っ込めてほのぼのしてる話があったので転載してみる。
まぁ戦場ではないんだけど。

ユダヤ人排斥がおこなわれていることろのドイツ。ついにゲットーに
閉じ込められ始めたころのお話らしい。
エホバの信者であるこのお話の語り部さんは、ついに家族をつれて逃げる決心をしたらしい。
しかし、身分証明書にはユダヤ人とはっきりと書かれている。
なんとか賄賂やごまかしを使って国外にでる列車に家族でのれたそーな。

しかし、ゲシュタポ?らしき若いにいちゃんが車内で、客一人一人に身分証明書の提示を求めはじめた。
もうだめだと絶望する家族。ゲシュタポらしき兄ちゃんはどんどんちかずいてくる。

列車の窓から飛び降りようとも思ったが幼い子供もいるのでそれも無理。
もはや絶望につつまれて順番をまっていたそーな。

ついに順番がまわってきて身分証明書の提示をもとめられる家族。
当然だせない。あきらめてエホバの神への祈りの言葉を口にしたそーな。
それを聞いたゲシュタポらしき兄ちゃんはにこりと笑って、
「結構です。よい旅を。駅をおりたところにある食堂は絶品ですよ」
と言って次のお客に向かっていったそーな。

いい話だなぁーーーー。と思っていたら、所詮「めざめよ」だった。

われわれ家族は「神に感謝しました!!!!」だと。
思いっきり突っ込んだ!!!!
「その兄ちゃんにまず感謝せーーーーよ!!!!!」
兄ちゃんに対する感謝の言葉は一言もありませんでしたとさ。

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420 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/05/31(木) 00:08:09 ID:???
シベリアに抑留されていた、ある日本兵。
手先が器用で、ソ連兵の持っていた機械やカメラを修理し、
重宝されたことで待遇がよくなり、日本に生還することができた。

日本に帰ってからは大工で生計を立て、幸せな老後を送っていたのだが、
あるとき、ソ連製カメラを日本に輸入していた業者と知り合い、
1台のソ連製カメラ「フェド」と対面することになる。
「なつかしいなあ、よく修理したよ、これ・・・壊れてるの?ちょっと貸して」

シベリア時代を思い出しながら、フェドを分解していた元日本兵の大工氏、
カバーを外したところで、はたと手を止め、流れる涙を止められなくなった。

分解しないと見えないカバーの裏に「昭和21年 xxxx」、
自分が修理した記念に、鉄筆で書いたサインが残っていたのだ。
戦後数十年を経て、数万台が作られたというフェドの、
自分が修理した中の1台が、海を越えて手元に帰ってきたのである。

そのフェドは今も、元日本兵の大工氏の手元にあるという。

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403 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/05/27(日) 21:07:38 ID:???
海軍の爆撃機が2機のP51に追われ、
海面すれすれで逃げ回ったが、後方銃も打ち尽くし、
もはやこれまでとなったところで銃手が弁当の握り飯を相手に投げつけた。
P51は得体の知れぬ黒い物を避けるため急旋回したところ、
翼端が海面を叩きドボン。
2機目も同じ要領でドボンだったと思う。


404 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/05/27(日) 21:33:57 ID:???
>>403
ちょ、マジか?!

なんというオニギリの大戦果、後方機銃よりもつおいとは

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