忍者ブログ
軍事板「戦時中、戦場でのほのぼのとした話」スレまとめサイト
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

6 名前:名無し三等兵[uho] 投稿日:2007/09/01(土) 08:54:29 ID:???
坂井三郎が初の台湾赴任で、当時日本で貴重品/高級品だった
バナナを隊への土産にしたが、見向きもされず笑い物になった。

台湾でバナナは、いわば鹿児島の薩摩芋なみのありふれた安価品だった…


7 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/09/01(土) 16:56:47 ID:???
>>6
坂井三郎はそこまでアホだったのか? 誰しもちょっと考えれば判るだろうに。
どこで取って本土に運んでいたのかをさ。
逆に本土でしか取れない名産を持っていけばちやほやされたのにな。


9 名前:名無し三等兵[sage ] 投稿日:2007/09/01(土) 19:57:44 ID:???
>>7じゃあお前だったら何を持っていくんだと(ry


10 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/09/01(土) 21:11:50 ID:???
>>9
梅干とかどうだろう。


11 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/09/01(土) 22:35:35 ID:???
あんころ餅


12 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/09/01(土) 23:47:11 ID:???
>>10
今でも海外赴任の人間に結構喜ばれる一品だしな > 梅干
てか味噌とか醤油とか、最近こそ海外でも簡単に手に入るようにはなったが、一昔前は
大変な苦労をして入手しないと、洋食ばかりになっちゃったしなぁ。

アメリカの食事なんて日本人からすると食い物じゃねーし。
あれって捕食行動じゃね? 連中の悪食ぶりと量をみるにつけさ。


13 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/09/02(日) 01:02:31 ID:???
>>12
現在でも海上自衛隊の遠航艦隊ではそうらしい。

航海中盤、食肉の安い南米あたりに寄航すると、豪華なステーキが食卓に上ったりもするのだが、
その反面、梅干や漬物といった、ちょっとした日本食のストックが枯渇してくる。
「肉は見たくもないから梅干だ!」という声も上がるとか。


14 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/09/02(日) 01:35:22 ID:???
>>12
味噌や梅干しは補給で回されなかったのだろうか…
それともほとんど現地調達に頼ってた?
今は国内でも洋食はおろかコンビニ食蔓延じゃないか。かといって美食を追求すると社会との遊離が著しい。
粗食に頼ることはできるが

拍手[2回]

PR

8 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/09/01(土) 17:46:19 ID:???
ひょんな事から知り合った老人から聞いた話

支那のある方面でのこと

彼の所属する部隊は、川を隔てた岸に陣取っている敵軍と睨めっこをしていた

とある日の夕方のこと、歩哨に立っていた彼の耳元でガサガサという怪しい音が…  
見ると、草が揺れているはっとして銃を構えたところ、その中から「ブヒー」という鳴き声が
何だ… ただの豚かと再び配置に衝いたところ、食料のあるところがいつもより騒がしい

任務をおっぽり出してそこへ向かい、あたふたしている一人を捕まえて何が起きたかと聞いたところ
「食料が減っている どうやら敵に奪われたらしい… 見張りが豚の声を聞いたらしいから
どうやら豚に化けて潜り込んだのだろう」とのこと

「よくよく考えればこんな所に豚などいるかずがない… してやられた」
上官にそう報告したところ、苦笑いされたそうだ

翌日、8人の2グループでやり返しに川を渡って敵陣に潜り込んだ (川は歩ける位浅かったらしい)
途中で一手が歩哨に気付かれた…とっさに一人が馬の鳴き声の真似で誤魔化そうとしたもの無理だった
見つかったその一手が敵を引き付けている間にもう一手がたやすく内部に進入して、
麻婆豆腐と餃子とチンジャオロースを調理していた鍋ごと奪って凱旋した

その後、夕方になっては敵陣にもぐりこんで食料をこっそり奪うという事が恒例になった
彼曰く「昼間は(食料を奪う)作戦会議で精一杯、戦闘なんかほとんど無かった」らしい

拍手[4回]

5 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/09/01(土) 01:02:44 ID:???
>>1 乙であります。
 以前他スレに書いたかも知れない、ジョークか実話かは不明。
戦中は潜水艦乗り、戦後は商社員をしていた
(海自・船舶好きでいつもDDG173の帽子を被っている)御年寄り談。

 海上自衛隊創設後の潜水艦隊草創期。渡米した潜水訓練派遣隊は同様の経緯で
やって来ていた中華民国・韓国の派遣隊と共に米海軍の指導を受けた。
訓練期間終了後、さっそく各国海軍毎に貸与潜水艦を運用しておのおの帰国の途に。

結果、
 海上自衛隊訓練派遣隊=2旬を経ず艦・全乗員無事に呉に入港せり。

 韓国海軍訓練派遣隊=当時(1955)以来今日に至る迄、深海を航海中の模様。
長期航海記録は、今日もなお更新中なり…

 中華民国訓練派遣隊=韓国海軍同様の長期航海…と思いきや、
半年後に艦体のみ第三国にて確認さる。調査の結果、
           艦を売却して艦長以下遁走したらしい…。

「海自の皆さんはこんなあたしでも、先輩扱いして下さるんで…そういう話ですよ」と
言っていたけれど、飄々とした人

だから多分ジョーク。

拍手[5回]

現行スレ:
@@ 戦時中・戦場でのほのぼのとした話し 13 @@
http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/army/1415886553/

open2ch:
@@ 戦時中・戦場でのほのぼのとした話し @@
http://toro.open2ch.net/test/read.cgi/army/1422982235/

過去スレ:
@@ 戦時中・戦場でのほのぼのとした話し @@
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/army/1112035703/
@@ 戦時中・戦場でのほのぼのとした話し2 @@
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/army/1147560822/
@@ 戦時中・戦場でのほのぼのとした話し3 @@
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/army/1162921157/
@@ 戦時中・戦場でのほのぼのとした話し4 @@
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/army/1188498215/
@@ 戦時中・戦場でのほのぼのとした話し5 @@
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1213301299/
@@ 戦時中・戦場でのほのぼのとした話し6 @@
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1242083797/
@@ 戦時中・戦場でのほのぼのとした話し 7 @@
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/army/1265597494/
@@ 戦時中・戦場でのほのぼのとした話し 8 @@
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/army/1292830994/
@@ 戦時中・戦場でのほのぼのとした話し 9 @@
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/army/1316766832/
@@ 戦時中・戦場でのほのぼのとした話し 10 @@
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/army/1337833609/
@@ 戦時中・戦場でのほのぼのとした話し 11 @@
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/army/1373419424/
@@ 戦時中・戦場でのほのぼのとした話し 12 @@
http://peace.2ch.net/test/read.cgi/army/1388931390/

拍手[1回]

963 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2007/08/30(木) 03:07:22 ID:RluG1idW
昭和20年、浜松を空襲した米機動部隊のグラマンが近海で墜落したのを漁船が目撃報告。
陸軍司令部が撃墜に心当たりのある部隊を募ったところ、20もの部隊が名乗りを上げた。
やむなく戦果を抽選で決定することにし、見事日本酒三本の栄誉に輝いたのは気象部隊。
その気象部隊には対空火器どころか小銃1丁も配備されていなかったのだが…

拍手[2回]

952 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/08/28(火) 22:25:38 ID:???
>>950
折れの体験で

・船橋駅からちょっと行ったところにある、そこそこ有名な中華料理店。
店主(台湾出身の華僑、女性)が、
「子供の頃、日本の兵隊さんにあこがれたわ、格好良くって(ニコニコ)」
と話しかけてきた。

・銀座のそこそこ有名なカレー店、店主が
「東条先生が戦犯なんてトンデモナイね、亜細亜のために日本は云々」と
口角泡を飛ばさんばかりの剣幕で話しかけてきた。

・・・ま、この店主はインド独立の闘志A・J・ナイル氏の子息なので、気持ちは判りますが。

大半の日本人や日本兵は尊敬、畏敬の念を持たれていたのではないのかな?

拍手[4回]

949 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/08/28(火) 21:58:55 ID:???
俺の爺ちゃんの話でも投下しますか

戦時中、大陸に出征した爺ちゃん中尉

いくら綺麗事を並べても日本軍は所詮侵略者、支那人(注:当時の呼称)の憎しみいかほどか、
と思っていたが、いざ進軍してみると
日本軍の部隊が進むところ、大八車や家畜を引っ張った農民(当然中国人)が
ぞ~ろぞろついてくる。
今から戦場に赴くのだから危ない、ついて来るなといっても誰も帰らない。
何故かと理由を聞くと、
「中国軍の方がよっぽど残酷だ。規律正しい日本兵の近くに居れば安全だ」と。
中国軍(国共ともに)は現地調達と称して略奪し放題、ついでに若い娘さんをデザートにしたりと
とてもとても農民の味方と言える状態ではなかった。

しまいには我が方の米と家畜を交換してくれと言ってくる始末
いつの間にか肉まんを量産して日本兵相手の商売を始める強者まで・・・

爺ちゃん談「あれには拍子抜けするしかなかったよ」

終戦後、彼等が酷い目に遭っていなければいいがな・・とも言っていた


951 名前:949[sage] 投稿日:2007/08/28(火) 22:14:39 ID:???
大切な事を書き忘れた

爺ちゃんが最後に言ってた事
「大陸戦線の全てがこうだったとは思わないが、
あの大陸ではこういった情景も普通にみられた。
今の従軍慰安婦と呼ばれている人たちがどういう存在だったのか、
また南京で30万人も殺すなんてことがありえないという事は明らかだ。

だが戦後になって元将校がそんなことを言える時代ではなくなってしまった。
少しでも日本軍を擁護するような発言は徹底的に封殺された。

だが、最近になって少しずつ世論が変わってきた気がする。
死ぬまでに本当の事が言える社会になってくれればいいが、もう長くないからなあ」

爺ちゃん、俺文才ないから
ここでチラ裏するのが精一杯だ、許してくれ

拍手[14回]

901 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/08/23(木) 13:44:02 ID:???
>>890
フランスのドイツ軍占領地区に、OSS隊員がパラシュート降下で潜入したときに
事前の指示に従って、隠蔽のためにパラシュートを埋めている最中に、連絡担当の
女レジスタンスが来た。

で、早速連絡事項を聞こうとしたら、その女、話も聞かずにパラシュートを掘り返し
はじめた。

OSS「何するんだ!やめろ!!」

女「何言ってるのよ!戦争がはじまってからこっち、こんな良いシルクなんてずっと
見てないんだからね!!」

拍手[0回]

905 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/08/23(木) 23:17:31 ID:???
ある日本軍の復員兵。
命からがら日本に帰ってきて見たものは、
生活苦に追われ、やせた身体を粗末な服に包んだ、日本の若い女性だった。
「こんなことではいけない、日本の女性はもっと美しく、豊かな身体でなくてはいけない」。

復員兵は衣料品会社を起こし、女性用下着の本格的国産化に着手するが、
試作品を作るときに重宝したのが、旧日本軍がパラシュート用の生地として
備蓄していた、絹の生地であったという。

復員兵の起こした会社はのちに下着メーカー「ワコール」となり、今も盛業中である。

拍手[2回]

887 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/08/22(水) 15:10:15 ID:???
こんなんでネタになるかどうか解らないが、身内ネタでもいいのかな・・・
うちのおふくろは、太平洋戦争当時、九州の門司に住んでいた。
関門海峡に機雷を投下する米軍機がよく見えたそうだ。

ある日、学校帰りに友達と歩いていると、畑にきれいなパラシュートが落ちて
おり、なんだろうと二人して駆け寄ろうとしたところ、通りがかった近所の人
に、近付くんじゃない!と一括され、慌てて逃げ出した。

その後、畑の周りには軍やら警察が大勢押しかけ、パラシュートとそれにぶら
下がっていた物を回収していったそうだが、父親から、あれは海に落ちるはず
だった機雷だったと教えられ、訳の分からないものに、迂闊に近付くんじゃな
いと、散々叱られたそうだ。


888 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/08/22(水) 15:17:17 ID:???
>>887
アメリカ製風船爆弾


889 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/08/22(水) 17:37:28 ID:???
ほのぼのどころか恐ろしい…


890 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/08/22(水) 17:43:29 ID:???
>>887
機雷だけじゃなくて、最前線でも低空攻撃用のパラシュート爆弾を大量に使用していたよな。
米軍は。

で貧しい前線での話、清潔な布とかも貴重品だったからパラシュートの布(大抵絹が使われていた)に
目が眩んで危険を顧みずそれを手に入れようとして爆死、なんていうケースが発生したらしいw

そういえば、どこぞのレジスタンスの女性部員が、降下潜入用のパラシュートを後生大事に取っておいて、
終戦と同時にウエディングドレスに仕立て直した、なんていう話を聞いたことがあったっけな。
てか空挺隊員用のパラシュートに色がついていたような気もせんでもないのだが・・・・・・・・ 染め直したのかなぁ?
まあ、染めていないのも多かったのかもしれんが。


891 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/08/22(水) 20:26:48 ID:???
BOBでもそんな話し合ったな。


892 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/08/22(水) 21:16:19 ID:???
大戦初期は各国ともパラシュートとの材料は絹だっけ?


893 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/08/22(水) 21:22:16 ID:???
それで日本と開戦した米が日本から輸入していた絹が無くて困った
それで合成繊維のナイロンが出来たって話を聞いた希ガス


894 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/08/22(水) 21:31:43 ID:???
ナイロンの発明は偶然の産物だったはず。

拍手[0回]

前のページ      次のページ
カウンター
ランキング
人気ブログランキングへ
ブログ内検索
最新コメント
[09/02 名無し三等兵]
[04/21 名無し三等兵]
[04/18 名無し三等兵]
[02/10 名無し三等兵]
[02/10 名無し三等兵]
[02/28 名無し三等兵]
[09/07  ]
[08/29 名無し三等兵]
[08/23 名無しの幽霊さん]
[07/22 名無しの幽霊さん]
プロフィール
HN:
名無し@従軍記者
性別:
非公開
Twitter
バーコード
アクセス解析
ATOM  
ATOM 
RSS  
RSS 
Copyright ©   戦時中、戦場でのほのぼのとした話@軍事板   All Rights Reserved
Design by MMIT  Powered by NINJA TOOLS
忍者ブログ [PR]