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軍事板「戦時中、戦場でのほのぼのとした話」スレまとめサイト
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213 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/02/21(水) 23:02:32 ID:???
1995年夏、LIFE誌の元カメラマン、カール・マイダンスが銀座で個展を開いたとき、
ひとりの日本人カメラマンを探しており、
カール・マイダンスにNHKが取材の上、協力することになった。

1945年、厚木に降り立ったマッカーサーに随行したカール・マイダンスが撮った、
戦闘帽をかぶり、コンタックスⅡ型を下げたカメラマンで、
ほどなく同盟通信社の宮谷長吉カメラマンと判明した。
何せ、厚木でマッカーサーを、また、ミズーリ号艦上での降伏調印式を、
スチールカメラで撮影の許された日本側カメラマンは宮谷長吉カメラマン、ただひとりだったのである。

しかし、宮谷長吉カメラマンはすでにこの世のひとではなかった。
厚木と東京湾での撮影ののち、故郷の金沢の北国毎日新聞社から請われて、
写真部長として戦後の再出発をしたのだが、
1949年、社会部の記者のサイドカーに同乗して取材中にカーブで振り落とされ、
市電に接触、亡くなっていたのである。

せめてのことに、マイダンスは引き伸ばした厚木での写真を,
NHKの取材によって所在のわかった遺族に手渡したが、
奇しくもその写真を撮ったカメラはコンタックスⅡ型、
宮谷長吉カメラマンがその写真の中で手にしていた愛機と、同じものであったという。

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187 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/02/05(月) 17:05:30 ID:???
ほのぼのと言えるかどうかだが・・・

大陸の奥深くに派遣された陸軍部隊に10人ほどの補充兵が配属された。
配属された、と簡単にいってもそこは帝国陸軍である。
トラックで送ってもらえるわけでもなく大八車に荷物を積み、
徒歩でエンヤコラと悪路を部隊を追いかけて移動するハメに。
そして例の如く食料の補給なんてほとんど無し。
引率の新米士官の私物の時計や皆の衣類を物々交換して食料を得、
ズタボロの格好で部隊にたどり着くと先輩たちが
「どうやってあそこを通ってきたんだ、あそこはゲリラの支配地域だぞ」

ボロボロになりながらも略奪もせず品行方正だった彼らは
どうやらゲリラにお目こぼしをしてもらえたようだ。
もっともボロボロすぎて兵士に見えなかったのかも、とは配属先の中隊長の弁。

>185
交通事故で死傷した将兵の数は馬鹿にできない数なはずだぞ
確か朝鮮戦争でも米軍の司令官が死んでなかったか?

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本当にあった怖い名無し :2007/02/03(土) 01:53:28 ID:bplTntaT0
実家の祖父から何回も聞かされた話だが、戦時中南方に行ってたらしい。
そこの前線基地みたいなところで、部下思いの結構人格者の上官がいたんだが、ある日そいつが
輸送トラックに轢かれて事故死してしまった。それで爺さんが親しかったんで形見にそいつの銃
(長い奴じゃなく短銃)をもらったらしい。それでしばらくして終戦になり、日本に帰るまで結構長い期間そこに
留まらなくちゃならなかったんだけど、その時発作的に自殺しようと思い立ったんだって。
爺さんは遊び人で、あまり愛国的な方じゃないんで、たぶん、自分の勤めてた会社が倒産してショックで自殺、
みたいな感覚だったと思うけどね。で死のうと思っても切腹する度胸は無い、銃は武装解除で回収された後、
で結局その上官の遺品の拳銃しか手元に無く、それで自分のこめかみを撃とうとした。
覚悟を決めて引き金を引くと、不発、もう何回やっても不発。で死にきれず悶々とした日々を
過ごす内に帰りの船が来て帰国、死ぬ気も自然と失せたらしい。
その祖父も結構前に他界したが、死ぬまで「上官が私に死ぬなと伝えてくれた」って信じてた

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42 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2007/01/21(日) 21:16:05 ID:J6k3l0/E
>>22
懐かしいなあ・・・何年か前米軍と共同演習したとき、訓練の合間にちょっとした
ゲームをして、負けたチームに罰ゲームで納豆食わせるってやったなあ。
意外と半分くらいは普通に「うまいうまい」って食ってた。あとの半分は納豆の
パックと箸持った自衛官に追い掛け回されて逃げまくってたがw

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137 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/01/18(木) 20:28:40 ID:???
イタリア人が昔の日本のロボットアニメを観たときの感想

そのアニメ(作品名は失念。「未来ロボダルタニアス」だったかなぁ)を観たとき、
自分が子供だった時代の、世間の雰囲気を彷彿とさせたので親近感を持った。
当時は戦争でつらいこともあったが、子供だった自分たちはそれなりに楽しみを
見つけていた。イタリアを占領していたドイツ軍でも、若い兵士の中には自分たち
と一緒に遊んでくれる者もいた。
あのアニメを作った人は、戦争をよく知っている人だったのだろう。

だいたい、こんな話だったと思う。


↓追記↓

664 名前: 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(-1+0:8) 【東電 64.3 %】 [sage] 投稿日:2013/03/12(火) 01:44:30.28 ID:???
以前、このスレに書いた話の元ネタを発掘したので、お知らせを。

まとめサイトにある、2007/01/18の記事「あのアニメを作った人は・・・」の話です。
出典は 
「SFアニメがおもしろい」 ㈱アスペクト 発行日1997年1月20日
にあった記事で、執筆者はダイナミック企画海外事業部のコルピ・フェデリコ氏(当時)です。彼の両親が
「未来ロボ ダルタニアス」について話した感想等の内容でした。内容は、昔書いた話とおおむね同じなん
ですが「あのアニメを作った人は、戦争をよく知っている人だったのだろう。」という下りはありませんでした。
うろ覚えの記憶で書いたので、勘違いしたんでしょう。スマソ。

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124 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:2007/01/10(水) 14:48:27 ID:???
日露戦争の旅順陥落のときに日露両兵士が大喜びで抱き合いながら
旅順城内の酒屋でしこたま呑んだ、という話とかってガイシュツかい?


125 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/01/10(水) 15:36:25 ID:???
日陸軍と捕虜の露陸軍将校同士がテーブルでお茶?してる写真とかならあるけど、またそれとは違うか



127 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/01/10(水) 16:07:19 ID:???
>>125
ああ、その写真見たことある
不思議でもあり、微笑ましくもある写真だよね

ちなみに旅順で呑んだ、って話はまだ正式に露軍が降伏していないにも関わらず、
日露両兵士が互いの塹壕から飛び出して、戦闘が終ったことを互いに喜び合った
中にはまだ敵地であるはずの旅順城内に繰り出し、朝まで酒を浴びるように呑んだ、
という話

日露戦争は敵味方の交流が頻繁に行われていたようだね
停戦日には酒やタバコを交換しあったっていうし

>>126
そういう話大好き

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126 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/01/10(水) 15:44:02 ID:???
 太平洋戦争初頭、フィリピンはコレヒドール島攻防戦でのエピソード。
 ある日、日本軍砲兵たちの間で、米軍陣地にはためく星条旗を、那須与一の扇撃ちよろしく、砲弾で撃ち落としてみないか?…などという話が持ち上がった。
 勝ち戦の余裕も手伝ってか、上官の許可もスンナリ降り、さて数発の失中の後、見事に砲弾が旗竿の頭ごと、星条旗を粉々に吹き飛ばした。
 ヤンヤの歓声に沸き立つ日本軍陣地。
 …と、ひとりの若いアメリカ兵が、飛び交う弾雨を冒して駆け出し、狙撃の危険も顧みずに旗竿によじ登り、吹き飛んだ竿のてっぺんに新たな星条旗を結わえつけた。
 猪口才な、と、再び砲撃しようとする兵たちを上官は制し、敵兵の勇気と意地に敬意を表して、そのまま置くこととした。
 …その星条旗は、コレヒドール陥落の日まで、硝煙に揉まれて南国の空にはためき続け、苦闘する米軍将兵を鼓舞し続けたという。

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83 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2006/12/31(日) 19:33:26 ID:???
>81
米軍の艦載機A-1スカイレイダーがその搭載量の大きさを
「キッチン以外に運べないものはない」
とうたわれてたので
悪ノリした整備兵たちが流し台をつけて飛行させ、投下させた(in朝鮮戦争)。

ベトナム戦争ではやっぱり悪ノリした連中が水洗トイレの便器に信管をつけて投下してる。
爆発したかどうかは不明。

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67 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2006/12/22(金) 14:14:18 ID:???
朝鮮戦争のとき、イギリス兵が北朝鮮兵から「ソ連兵」に間違えられて、歓迎されたというはなしもあるよ
どうやら北朝鮮兵の間でソ連が参戦するというウワサが広がっていたところに
アメリカ軍とは違った制服の連中が現われたので、てっきり「ソ連兵」と思い込んだらしい
北朝鮮兵よりずっと人数が少なかったイギリス兵たちは、うまくその場をごまかして難を逃れたらしい

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65 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2006/12/22(金) 02:58:16 ID:???
ほのぼのというよりのんびりした話。
第一次大戦でドイツがベルギーに攻め込んできて
ベルギーの人々はフランス、イギリスの援軍を待ち望んでいた。
そのころ、ある村にそこへカーキ色の服を着た見慣れない兵士が来たので
イギリス兵と思い村の女性が英国旗をつけた花束を渡した。
その兵士は困った顔をして「私はドイツ兵なんだ。」と言った。

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