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290 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/04/15(日) 00:43:12 ID:???
SU27ネタ。
1、中国人民解放軍空軍某基地に配備されたSU27。
制空迷彩の塗装は、反射を低く抑えるため、ツヤのない塗料で塗られていた。
だが、気の利きすぎた整備兵がおり、
愛機に祈る親心、とばかりに磨きすぎ、ツルツルに輝く機体にしてしまった。
2、パリ航空ショーに初めてSU27が飛来、一般公開されたソ連時代末期。
最新鋭戦闘機を惜しげもなく公開した、というので、
それっとばかりに押し寄せたのが、西側各国の情報機関員。
叩いてみたり、こっそり測定器を当てたりと、機体の材質を突き止めるのに一所懸命。
・・・ショー会場で、スホーイ設計局が記者会見を開くことになり、
記者の「チタンや複合素材はどのあたりに使われているのですか?」という質問に対し、
設計局員「あそこでなにやらやっているひとたちに聞いてみれば?」
・・・満場爆笑。
ちなみに、日本の某航空機メーカーに対してもスホーイ設計局からショー会場でオファーがあり、
「お国の航空自衛隊で使えないのはわかっている、博物館展示用に1機買わないか?14億円にマケとくよ」。
266 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/04/09(月) 20:43:43 ID:???
今年の岩国基地フレンドシップデイのサイトでは、何故かトップページにMIG-29
が飛んでいる。
ほのぼのとは関係なかったかな?かな?
269 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/04/09(月) 23:03:43 ID:???
>>266
冷戦時代の、あるフランス空軍ミラージュ乗り。
ご自慢のヘルメットは凝りに凝った塗装のもので、
スカイブルーを基調に雲をあしらった背景をバックに、
飛んで来るミグ29と、それを見てびっくりするミッキーマウスの漫画が描いてあった。
妙なところに凝り性なのは、さすがはフランス人というべきか。
268 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/04/09(月) 22:13:17 ID:???
西側に初めてsu27が姿を現したころ、
チェイス・プレーンを飛ばし、su27の空撮に臨んだ某日本人カメラマン。
su27の操縦にあたったのはスホーイ設計局のテストパイロット、
ビクトル・プガチョフ氏、
「プガチョフ・コブラ」の生みの親で、腕前に文句はない・・・のだが、
いまひとつ、微妙な英語が通じない。
そこで機首を上げてくれ、と、いわばポーズに注文をつけようとして、
カメラマン氏、考えたあげく、
「プロファイル・アジーンナッツァチ!」と、英語とロシア語のチャンポンで無線を発信。
・・・だが、以心伝心というのか、このチャンポンの真意を汲み取ったプガチョフ氏、
おもむろに機首を上げ、カッコいいショットを撮らせてくれた。
このショットは直後に「航空ファン」誌の表紙を飾っている。
263 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/04/06(金) 00:07:18 ID:???
航空自衛隊某基地の、広報担当氏に聞いた話。
戦闘機が飛び上がると、必ず基地に電話をかけてくるじいさまがおり、
「うるさい!静かにしろ!」
「また、じいちゃん、あんたかね、いい加減にしてくれんかね」と、
毎度毎度、地元出身の隊員が電話に出て、方言でなだめる。
・・・そのじいちゃん、電話で身の上話を聞けば、
息子と折り合いがよくなく、家を出ていって独立したあとはかまってもくれず、
連れ合いを亡くしたあとは基地近くの家に、一人暮らしで住んでいる、
話し相手もなく、基地に電話することが淋しさをまぎらわす手段になっているんだとか。
「これも、まあ、自衛隊が国民のお役に立っているということなんでしょうかね」と、広報担当氏、苦笑い。
260 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/03/28(水) 21:05:31 ID:???
1953年7月27日、朝鮮戦争休戦協定の日。
休戦協定に従い、その日の午後10時、全戦線にわたって砲爆撃は止んだ。
その翌早朝、ある戦線の塹壕から飛び出した、ひとりの米陸軍黒人兵が、
手に持ったトランペットで、静かにジャズを吹きだした。
おい、ちょっと待て、と、黒人兵の戦友が塹壕から彼を追って飛び出る、
朝モヤの中に、ふたりの中国兵が見えたからだった。
しかし、中国兵は黒人兵のトランペットに合わせて、腰をふり、踊りだした。
続いて十数人の中国兵が出てきたのだが、
中国兵はランニングシャツ姿で、武器も持っておらず、静かに、
あたりに散らばった戦友の死体を片付け始めた。
そうなると米陸軍兵も出てきて、同じように戦場の片付けを始めたのだが、
彼我の距離は50メートル、そこらは散らばった手榴弾の不発弾だらけ。
それでも米陸軍兵は上半身裸になり、楽しそうにすら見える様子で、作業を続けていた。
・・・この様子をわずかに離れて見ていたのは韓国軍の部隊で、
こちらはまだ銃を構え、武装も解いていなかった。
しかし、緊張を解かない指揮官をよそに、
韓国軍兵士はにこやかに、その様子を眺めていたという。
254 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/03/27(火) 23:22:26 ID:???
予科練での訓練中、機体故障で落下傘降下し、
それがもとで体を痛め、海軍を除隊させられた少年がいた。
この少年、あるパイロットから説諭を受け、一念発起。
史上最年少で航空機関士となり、大日本航空からの徴用機関士として戦場の空を飛ぶことになる。
・・・だが敗戦がやってきた。
青年となった元航空機関士は、ひょんなことから進駐軍のオートバイとめぐり会うことになる。
航空機のエンジンに比べると、当時のオートバイのエンジンはオモチャのように思え、
経験を生かしてパワーアップしたエンジンを積んだオートバイは、進駐軍兵士のドラッグレースで連戦連勝。
元航空機関士は、オートバイのチューニングショップを開くことになった。
元航空機関士とは、のちの「ヨシムラ」の創始者、ポップ吉村その人のことで、
娘さんの名前「南海子」は、
戦時中に航空機から見た南の海の美しさが忘れられず、命名した名前だったという。
255 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2007/03/28(水) 00:34:53 ID:e+JTcFO/
>>254
割と知られた話だよ。
ヨシムラジャパン
ttp://www.yoshimura-jp.com/
244 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2007/03/25(日) 11:51:32 ID:Va/FOeFO
宮古島へ連日の空襲が途絶えたと思ったら、
上陸用舟艇でアメリカ兵が上陸してきた。
アメリカ兵が両手を上げて歩いてくるので、
警備隊はアメリカが降参したのだと思った。
アメリカ兵は紳士的な態度であり、通訳も居なかったため
守備隊は日本が勝ったことを疑わなかった。
とりあえず腹が減っていたので、
食う手真似で指図をしたらパンをくれた。
その後、もっと食料を欲しいと言ったら、
武器を見せて置けと手真似するので、食料と交換するのだと思って、
ニコニコと並べ、いろいろもらった。
やがて次の日、隣の島から連絡兵が来て日本の降伏を知らせられて
守備隊員は、みんなびっくり仰天。
てっきりアメリカが降伏したのだと思い込んで、威張っていたのだ。
249 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2007/03/25(日) 16:21:14 ID:Va/FOeFO
>>244-246 実話だよ。
アメリカ兵が手を上げて近づいてきたのは、降参していたのでなく、
俺たちに手を上げろの意味だったと、後で気づいた。
とにかく腹ぺこだった。
武器を集めたのが武装解除だったと気づいたのも、しばらく後のことらしい。
「戦争聞き歩き」(新風舎)p.58-161 山川幸一氏の談話。