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軍事板「戦時中、戦場でのほのぼのとした話」スレまとめサイト
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257 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/11/21(水) 21:04:21 ID:???
CIAが制式装備としていた、正式名称「接触増幅器キット」。
手のひらサイズの、革のケースに収められているのが、
壁に当てる有線マイク2個、マイクから入った音声信号の増幅器、
増幅器に差し込むイヤホンと、予備の電池。

壁で隔てられた、隣の部屋の音声を盗み聞くためのキットなのだが、
よからぬ用途を連想したCIAのオフィサー、
アノ声を盗み聞くための「モーテル・キット」と、あだ名をつけていたという。

 

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246 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/11/18(日) 20:02:53 ID:???
某ブログから転載

597 名前:1/2[sage] 投稿日:2007/11/16(金) 22:16:44 ID:lfuglqx2O

私は戦時の中、幼少時代をすごしました。
物心ついたときには母親はおらず、父は兵隊に取られ
祖父と2人田舎で暮らしていました。
家のすぐ脇には河が流れており、200mほど河を下ったところには
捕らえられた米兵を収容している建物がありました。

とある日のこと、私が芋を河で洗っていると誤って
手を放してしまいその芋を河に流してしまいました。
その芋はたまたま下流で水浴びをしていた米兵達によって拾われました。
米兵は自分達に向かって流してくれたものだと思い
喜んで私に手を振って芋を持って帰りました。
きっとひどい扱いを受けていたのでしょう。

それから私は定期的に川下にいる米兵達に回りには
分からないように、野菜を河に流して渡すようになりました。

やがて戦果も悪化して日本軍が不利な状況になるにつれて
食糧事情は厳しいものとなりました。
もともと私と祖父の2人暮らしだったため食料で困ることは
ありませんでしたが、米兵達に食料を分け与えることは出来なくなりました。

247 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/11/18(日) 20:03:47 ID:???
申し訳ない気持ちになりながらもいつも食料を流している時間
私はいつものように川岸まで行きました。
いつものように200m川下では米兵達が待っています。
近づくのは禁止されていたため当然話をすることも出来ません。
ジェスチャーで分け与える食料が無いことを伝えようと、
手を大きく振ってバツマークを作って食料が無いことを伝えます。
しかし上手く伝わらず米兵達は手を振り帰してきます。
そんな私が流す食料を楽しみにしている米兵に
何もして上げられない無力な自分に腹がたち
河の水を蹴り上げると米兵も同じように真似をします。
今度は河の中で飛び上がってみるとやはり米兵達は
私の真似をします。何とかしてあげたい。そう思いました。


598 名前:2/2[sage] 投稿日:2007/11/16(金) 22:18:29 ID:lfuglqx2O
私は自分の家の畑から祖父の目を盗み少しですが
スイカやかぼちゃを取り今までと同じように河に流して 米兵に渡しました。

しかし数日後スイカを取っているところを祖父に見つかり理由を聞かれました。
私は正直にこれまでのいきさつを話しました。すると祖父はこう言いました。
「なるほど。お前は非国民だが非人間ではないな。」
そう言うとそれ以降畑から取った野菜を河に流して
米兵に渡すことを許してくれました。


248 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/11/18(日) 20:04:18 ID:???
やがて終戦を迎えたある日のこと、家の上空を数機の戦闘機が飛来してきました。
米兵を収容していた建物があったためひどい扱いを
受けていた米兵が仕返しに空襲に来たに違いない。
祖父はそう言いました。
しかし私はそんなこと無いよ。そんなこと無いよ。と言いました。
あの米兵たちがそんなことをするとは思えなかったのです。
やがて戦闘機からたくさんの金色や銀色の小石くらいの 大きさの物が振ってきました。
爆弾だ!
祖父は言いました。
しかし何も爆発しません。

空から振ってきたものは金銀色の紙に包まれたチョコレートでした。
なおもチョコが降り続きました。
星のように。

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175 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2007/10/16(火) 15:22:46 ID:pZ+/RkZ4
河和海軍航空隊の名物は、レントゲン料理と呼ばれていた。
海辺なのでメニューは魚が多いのだが、
大鍋で煮るため身が落ちて食卓に出るのは骨だけとか。

176 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/10/17(水) 04:30:48 ID:???
・・・その分スープが旨くなってると考えよう、な?

片栗粉をまぶしてから煮るか、梅干を二三個入れると崩れにくいですよね
限度はありますが
板前出身の兵とか居なかったのかな。

177 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/10/17(水) 08:13:23 ID:???
つかそんなに煮崩れるまで煮なきゃよくね

178 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/10/17(水) 09:38:59 ID:???
>>177
日本陸軍の場合だと、食中毒を極端に恐れたため、
煮物は何でもクタクタになるぐらいまで煮たようだが、
海軍でも同じだったんだろうか?


179 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/10/17(水) 09:56:30 ID:???
加熱処理で菌を殺したり、毒素を分解したり出来るが、完璧じゃない
たとえば黄色ブドウ球菌が作り出すエンテロトキシンは、通常の加熱調理ではほとんど分解しないよ

180 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/10/17(水) 14:41:01 ID:???
>>178
逆に考えるんだ。 全て補給を発酵食品にすれば無問題。 悪玉菌も善玉菌で増えないし
これぞ究極の防腐処理だ。 水分はジャパニーズサケ、主食に納豆、蛋白源にはクサヤなど、
これで食中毒は怖くない!

181 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/10/17(水) 15:00:40 ID:???
>>180
「もやしもん」読んで勉強しろ

182 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/10/17(水) 16:43:57 ID:???
>>181
冗談を真に受けられても・・・・・・・ 読んでるってもやしもんもw

183 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/10/17(水) 22:11:09 ID:???
実のところ「加熱処理で菌を殺したり毒素を分解したり出来る」は大した問題では無い。
「徹底的に加熱した」という事実が必要なのだ、責任回避の為には。

184 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/10/18(木) 08:54:32 ID:???
官僚的事なかれ主義ここに極まれりorz

185 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/10/18(木) 09:38:24 ID:???
>>180
密閉された潜水艦にはキツそうだな

186 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/10/18(木) 10:38:07 ID:???
撃沈時の泡で駆逐艦の乗員全滅。
相互破壊確証があるので爆雷は使えない。
いい抑止力じゃないか。

187 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/10/21(日) 21:20:22 ID:???
その前に乗員が窒息死

188 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/10/22(月) 11:57:29 ID:???
臭いを誤魔化すために香水ぷんぷん。WW1のUボートだが

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202 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2007/11/05(月) 01:05:46 ID:7WYelZlP
南方熊楠が昭和天皇に長門艦上で進講したとき、
献上した標本はキャラメルやタバコの空き箱に入っていた。


206 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/11/05(月) 01:58:07 ID:???
>202
熊楠が使っていた標本箱は、森永のミルクキャラメルの箱。それと搬送用の段ボール。
大正時代に初めて献上する機会があった時、
急な話だった為、献上用の桐のケースが間に合わなかったので断ろうとしたところ、
話を持ってきた人が「構わないから」と、持っていったそうな。(一応標本箱が丸ごと入る桐の箱には、入れたそうだけど)
その後も何度か標本を献上しましたが、その際は、しっかり桐の標本箱を用意したそうです。
陛下は後年、その時の事を楽しそうに話されていたそうな。

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203 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/11/05(月) 01:14:41 ID:???
私の祖父は、よく中国人におまんじゅうとか、お酒とかもらってたとか一緒に相撲をしたりしたとか話してくれたけど。

戦中の中国人の中にもいい人達は日本の兵隊さんと仲良くやってたんですね。


204 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/11/05(月) 01:23:21 ID:???
>>203
中国人で教養や歴史ある少数の名家の人々は文革により、皆粛清されてしまった・・・・・・・・
だから今の中国人は正にチンピラゴロ以下(だつお なのもそれらが理由。
国家としての品格が無くなったのも中共の指導部層が皆卑しい匪賊出身だからなのさ。
その師弟でテクノクラートとして少しは賢くなった連中も根が卑しすぎる。

古き良き中国、なんてのが全く無いのが中国の限界なのかもね。


205 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/11/05(月) 01:49:59 ID:???
俺の爺さんも現地の中国人や朝鮮人とはうまくやってたみたいだ


207 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/11/05(月) 09:46:53 ID:???
漏れの高校時代の老教師も、中国人と仲良くなって物々交換をして酒を手に入れていたといってた
とくにタバコが人気で、1箱でヘベレケになるまで飲めたとか
しかし、治安が安定してるとはいえ、泥酔し千鳥足で敵地の町を歩くとは・・・、度胸があるのか馬鹿なのか

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167 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/10/13(土) 09:42:45 ID:???
漏れの大学で講師やってる貧乏言語学者のセンセが、山岳民族の言語調査のため
無謀にもフィリピン南部のモロ民族解放戦線と政府軍・大地主の傭兵が睨み合ってる地域に入っていった
しかもその地域の政府軍と傭兵は半ば匪賊化してるし、山岳民族は麓の住民から「剽悍な人喰い人種」として恐れられていたが
その言語学者のセンセ、「超専門馬鹿」なのでたいして気にも留めていなかったらしいw
山岳民族の村を訪ねてみると、ウワサとは違っていたって人懐こくて温厚な連中で
酋長の弟が怪我が原因で廃血症をおこして死に掛けていたので、手持ちの抗生物質をぬったり飲ませたりして
治療してやったら運良く死の淵から回復した。
そしたら「あんたは神様だ!」とあがめられてしまい、気分はスターウォーズ『ジェダイの帰還』のC3POだったそうだ
そのおかげか、政府軍からも解放戦線からも何もされず無事生還した、別に帰ってこなくてもよかったのだがw

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164 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/10/12(金) 23:58:52 ID:???
「マオイストのゲリラが出るから危ない」という制止を振り切り、
ネパールでも山間部に出かけた、ある日本人バックパッカー。
案の定、乗り合いバスがマオイスト・ゲリラの待ち伏せにあい、
「外国人か!」銃を突きつけられ「金を出せ!」

もうだめだ、と思ったバックパッカー、手持ちの現金をありったけ差し出すと、
金額を確かめたマオイスト・ゲリラ、
せっせと領収証を切り、バックパッカーに差し出した。
毛沢東の肖像が描いてある、その領収証には、
「われわれの活動にお金を差し出すことはネパールのためであり、あなたのためでもある」と書いてあり、
・・・さらに、ゲリラが説明するには、
「帰り道に同志のホールドアップに会っても、この領収証を見せれば行っていいからな」。

・・・命が助かったのもさることながら「そんなゲリラってあるのか?」と、
バックパッカー、狐につままれたような思いがしたとか。

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58 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2007/09/13(木) 10:02:10 ID:s55JkCiQ
ほのぼのとした話というかカッコイイ話というか、イタリアの旅行のパンフレットのに書いてあった話で、

イタリアが降伏してしばらくして連合国として枢軸国に宣戦布告したその時の、
ある若い大尉さんのお話がのってた。ガイドさんをやってる人の思い出話として掲載してあったんだか。

イタリアが連合国側になったのでドイツと戦うことになった。大尉さんは上官に呼ばれて一人の部下といっしょに司令部?に歩いていったわけ。
上からの評価も高かった人らしい(シシリーでも戦ったと書いてあったから実戦経験も豊富だったらしい)

連合国になったからドイツ軍と戦うわけだが、連合国に鞍替えしたとたんドイツの悪口をいいだす上官とそのとりまき。
その時、その大尉さんは大声でいった。
「たしかにドイツ軍は横暴でした。我々をまともな戦力とも扱わず、情報もくれずさげすまれたこともありました。
けれどもいろいろな戦場で助けあったこともあります。命を救われたこともありましたし、ドイツにもよい兵士はたくさんいました。
あなたは現場で戦っていましたか?彼らは勇敢でしたし、敵となったからといって昨日まで肩を並べて戦ったドイツ人の悪口を私は容認できません。
私はイタリア軍の士官ですから命令は実行しますしドイツ兵とも戦います。けれども彼らに対して戦友としての敬意は持ち続けます」

といって敢然と司令部を後にあとにした。

その大尉さんについてきていた部下の兵士は大尉に礼を言った。
彼はイタリア降伏後にイタリアに残っていたドイツ人の娘さんと結婚したばかりだったのである。
大尉は彼のことを思いやって上官のドイツ人にたいする悪口に反論してくれたのだった。

なんで旅行ガイドにそんな話のってたかはわからんが素直に感動したので掲載。
イタリアとドイツってしっくりいってなかった部分はあるけど現場レベルではいい話もあったんだなと。

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489 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/09/07(金) 17:44:04 ID:???
>>472
中国戦線で(軍命に拠って)渓流釣りに興じまくった兵士の手記によれば、
ノロ(現地の小型シカ)の肉は若葉の季節になると葉っぱ臭くて
とても食えなかったそうだ。
美味なのは脂肪を蓄える秋から冬。

この部隊は米や缶詰はいっぱいあり、食料には不自由しなかったが、
缶詰に飽きて新鮮な肉や魚にありつきたいという願望がしだいに強まった。
本来任務(中国軍ゲリラの掃討)もヒマ気味だったので、
偵察中(ノロ鹿狩り兼務)に見つけた釣りに良さげな川が話題となり、
やがて中隊一の釣り自慢だったこの人に「釣りをしてこい」と上官のお許してか命令。
いちおう威力偵察という名目のもと、装備(釣り竿、糸、エサなど)を整え、
単身出撃、勇躍挺身して、巨大イワナを釣りまくったとかw


490 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/09/07(金) 17:48:27 ID:???
>巨大イワナ

あの辺だとイワナかイトウかわからねえな

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30 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/09/05(水) 11:58:34 ID:???
第二次大戦中、ナチ占領下のイタリアでは
ドイツの支配を拒む人々が反独パルチザンを組織し
圧倒的な強さのドイツ軍相手に、非常に勇敢に戦った。
そんなパルチザンに参加したある若者の動機とは・・・

「ドイツ人のせいで、外で女の子と遊べないんだ!」


祖国と女のためならとにかく強いイタリアの男であった。


31 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/09/05(水) 12:31:53 ID:???
>>30
誤:祖国
正:町

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