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軍事板「戦時中、戦場でのほのぼのとした話」スレまとめサイト
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691 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2011/08/17(水) 18:31:28.37 ID:DDl/1SfV
さっきNHKの証言記録でやってたが、
医学治療について、ろくに教育も実習もないまま前線に配属された新米軍医の話。

腹から腸が飛び出て、もがき苦しんでいる負傷兵への処置を考えあぐねていたら、
下士官から「麻酔を一本うってやってください。」とアドバイス。

で、麻酔で痛みを抑えると、出ていた腸は腹へ収まった。
軍医よりも、最前線の兵士の方が、医療処置の知識も経験も豊富と。。。

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690 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/08/17(水) 17:30:46.35 ID:???
沖縄で観光でレンタカーを運転していたら
米軍基地に飛び込んだことがある。

だって、交差点で信号をまっすぐ進んだら、米軍のゲートだったんだもん。

おかげで今朝釈放されました...なんてことはなく、すぐにUターンして出させてもらいました。

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685 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/08/17(水) 15:06:24.98 ID:???
現代の諜報戦も戦場と言うことで。

冷戦の最中、とある司令部に年配の、和服の似合う上品な御婦人が司令に面会だと訪れた。
司令室の前まで来たとき、とうの司令が面会の予定は無いし、御婦人のことも知らないと言う。
急用で面会出来なくなったと丁重に断りを入れて帰って頂いたのだが、そもそも正規の手続きも無しに隊門をどうやって入ってこれたのか?
不審に思った某隊員が尾行を開始、御婦人は今度は米軍基地に入り、空母に向かうと当然のように艦内に…
米軍の了承のもと御婦人を追ったところ…全く米軍とも関係の無い人物で有ることが判明、にもかかわらず日米の警戒体勢を掻い潜った手腕は大したもの、誰だ?と言うことになった。

実はこの御婦人、普段は保護施設に入っている、多少痴呆の症状がある方で、この日はたまたま家に帰っていて家族の目を盗んで行方知れずになっていたところのこの騒ぎ、だったそうな。



686 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/08/17(水) 15:15:35.32 ID:???
全くオドオドせず堂々と入って行ったから不審がられなかったんだろうな。


687 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/08/17(水) 15:24:50.77 ID:???
説明が足りなかったけど、通常自衛隊、米軍の施設に入る時は入り口で身元を証明しないといけないし、キチンとした手続きと許可が無いと入れない。
この御婦人は、上品な雰囲気故か日米の隊員を全部スルーさせて、“基地内に入るのは当然”と言った雰囲気を纏っていたそうで、
尾行を担当した隊員曰く、雰囲気に惑わされて皆が何も疑問を持たなかったのが間違いであり、思い込みで仕事はするな、基本を大事にしろ!だそうです。




688 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/08/17(水) 16:12:40.16 ID:???
これが敵の工作員だったら大変だったなw


689 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/08/17(水) 17:27:05.59 ID:???
迂闊に基地司令やその家族を入念に検査すると、それはそれで叱られそうだしな。
本当は、顔見知りの基地司令でも、何度も顔と写真を見比べるくらいした方が
いいのだろうが。

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679 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/08/16(火) 13:33:14.94 ID:???
「もう椰子に登る元気もなかった。塩食ってないから。だから幹をたたっきって、椰子の実を日章旗に包んであっち逃げこっち逃げ」
しかし、彼はやがて数十人に包囲されてしまう。
「もう駄目だと思ったね。ただもう駄目ならせめて一服してからがいいなあと思って《ギブミーシィガレット》って言ったのさ。
すると、もう立てもせんと思ったんだろうねぇ、タバコを一箱投げよこした。
こりゃあ話せる、案外話せると《アイム.ハングリー.ボイルドライス.プリーズ》って。
そしたら支え起こしてくれて、50mくらいかな、椰子の小屋連れてかれて、米炊いてねぇ。
それを椰子の葉にばらばら出して、塩かけて、もう掴んで夢中で食ったね。そしたら鴨が歩いてて、家畜かねぇ、それも食いたくなって―」

NHK戦争証言―ニューブリテン島

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671 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/08/16(火) 01:26:59.15 ID:???
そんな駆逐艦如月が
わずか数機のF4Fと戦って
機銃に撃ち負け爆沈ぶっこいたのも後の話


672 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/08/16(火) 03:32:36.13 ID:???
F4Fの操縦者もビビっただろうな
12.7mm弾でやられる駆逐艦って、チハ以下


673 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/08/16(火) 04:46:41.58 ID:???
「ちきしょう、ちきしょう、これでも食らえっ!(泣」
タタタタタッ
ドギュワボカーーーーーンッ
「・・・え?あう???え?え??え?????」


674 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/08/16(火) 04:50:06.25 ID:???
そんなウェーク島のF4Fは
爆撃破壊された機体を前に唖然としているばかりの整備斑尻目に
パイロットの大尉が使えそうなパーツをよせ集めてでっち上げた機体で、
1人でぶいぶい飛ばして元気に反撃していたというのもまた別の話


675 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/08/16(火) 10:32:02.74 ID:???
あの雪風ですら、機銃掃射で爆沈されかけたからなあ。


676 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/08/16(火) 11:06:11.88 ID:???
高射機関砲を黙らせようと駆逐艦に機銃掃射したら撃沈できたでござるの巻


677 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/08/16(火) 11:09:54.90 ID:???
魚雷って案外爆発し易いものなんだなあ


678 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/08/16(火) 11:10:03.24 ID:???
その撃沈戦果をあげたパイロット、叙勲とかされたのかしらん?

板倉艦長、ウィキで見てきたけど最後は辛い立場に居たんだな。

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667 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/08/16(火) 00:25:47.60 ID:???
伊号潜水艦長の板倉光馬と言えば、軍板でも知らん奴は少ないだろう。
新任少尉時代に乗艦である重巡「最上」の艦長を泥酔してぶん殴り、
自分の見合いをブチ壊そうと泥酔したのに策におぼれて結婚することになり、
潜水艦長になってからも、オホーツクの港で泥酔して海に落ちて死にかけ、
と逸話の枚挙に暇がない名物男である。

さてそんな彼が航海長として一等駆逐艦「如月」に着任した時の事。
揚子江を遡航し攻略直後の南京にまで進出せよ、との命令が下った。

だがそこは板倉光馬、ただ川を遡ると言っても普通に済むわけがない。

揚子江の水路はすぐに変化するので海図は地名や距離を知る以外に役立たない、
水先案内人が必要だ、とのアドバイスを受けて探し出したのがただ一人の売れ残り。
こいつのとんでもない横柄で傲岸な態度(だから売れ残りなんだろう)にカチンと来て、
必要なのは判っちゃいるが、お前の態度が気に食わない、と大揉めに揉めた揚句にケンカ別れするわ
(艦長「艦橋で喧嘩ばかりされてはかなわん。気をつけてゆけばそのうち慣れるだろう」)

いざ遡航を始めれば、それ見た事かとばかりに海図に載ってない砂州に乗り上げ、危うく座礁転覆しかけるわ
(先任「これで、艦底のカキが落ちたでしょうなぁ・・・当分、入渠せんでもよかですたい」
艦長「うむ、速力も出るだろう。航海長、一戦速に落とせ。そう急ぐこともあるまい」)

当時まだ交戦状態にない英海軍の河川砲艦とすれ違う際には、
以前から英軍の妨害的な動きに腹を立てていた絡みで、先方が転覆しそうな勢いで艦尾波をひっ被せるわ
(しかも騙し討ちである・・・流石にこれにフォローは入らなかった。板倉もやらなきゃ良かったと後悔している)

そんなこんなの大騒動を繰り広げながら南京に到着すると、
現地司令部から付近住民の宣撫工作として塩の配布を行って欲しい、との依頼が寄せられた。
後甲板に塩カマスを積み上げて指定された河原に投錨すると、
かねて知らせを受けていたらしい村人たちがどこからともなく集まってきた。
戦乱の中で物流も止まり、塩も手に入らなかったと見え、持参の御椀に盛られた貴重な塩を大事そうに抱え、
如月の方に何度もお辞儀をしながら河原に生い茂る草むらの中に消えて行ったのであった。


668 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/08/16(火) 00:28:52.18 ID:???
翌朝、河原には濃い川霧が漂い、真っ白な中にまったりとした空気が流れて行った・・・
と、突如!その川霧を引き裂かんばかりに鳴り響く鉦太鼓。
ジャーン!ジャーン!ジャーン!
「げぇっ!関羽!・・・じゃねぇ、敵襲!敵襲!配置に就けぇ!!(注」
霧は相変わらずあたりを覆う、敵の姿が見えるのは至近距離、そこで必殺の一撃を叩きこまねばならない。
張り詰めた緊張と殺気が充満する中、霧の向こうに蠢く人の姿が見え始めた。もうすぐだ。

そしてついに先頭切って霧の中から・・・ニコニコ顔の長老が!
後ろからはこれまた楽しげに、仔豚の丸焼きだのアヒルの卵だのの入ったカゴをかついだ村人たちの隊列が!
゚д゚)゚д゚)゚д゚)ポカーン…
如月の乗員たちが呆気に取られるなか、揚子江どころか三途の川を渡りかけていたとは露知らない村人たちは
如月の近くまでやってくると長老が進み出た。

一番若手の士官として板倉が送り出されると、長老が恭しくお辞儀をして何やら話し始めた。
悲しいかな如月には中国語が判るものが一人もいないが、身振り手振りから察するに、
どうやら昨日塩をもらったお礼に、早速ごちそうを作って持ってきた、という事らしい。
はぁ、こりゃどうも、と板倉が応対していると今度は長老、傍らにいた小娘を板倉に押しつけようとする。
年のころは十二、三。この娘だけが精一杯に着飾ってめかしこんでいる。
悲しいかな如月には中国語が(中略)察するに・・・
え、えーと、察するに・・・この娘も、お礼に持ってけってかぁ!?(汗


669 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/08/16(火) 00:29:55.59 ID:???
予想外の展開に慌てた板倉、助けを求めて艦橋を仰ぎ見れば、
既に状況を悟ったらしい艦長以下の士官連は
(・∀・)(・∀・)(・∀・)ニヤニヤ
・・・まさに高みの見物であるw
ハッと気付いて周りを見れば、兵たちも(・∀・)(・∀・)(・∀・)ニヤニヤ
前任の空母「加賀」では「鬼の甲板士官」と畏れられた板倉の慌てふためく様は、そうそう拝めるもんじゃないw

じ、冗談じゃない、これじゃ人身御供だ、そんなのぁ御免だ、とむりやり娘を長老の方へ押し返すと、
同じような「お礼」がやってこないように艦長の許可を得て残りの塩を全部はたき、
後腐れを断ったうえでとっとと引き上げる事にしたのであった。

だがこれで済むわけがない。なにしろ戦地とはいえ戦闘に出くわすことも無く上官たちも暇をこいてた訳で・・・
先任将校「航海長ッ、なんでもらわなかったと。あの姑娘、磨けば、上玉になったばってん、惜しかことしたね」
いつも生真面目な砲術長まで
「そうですなぁ、男装させて士官室の従兵がわりにしたら、航海長のガブ飲みも少しはおさまったでしょうに・・・」
等々、板倉航海長、次の目的地まで上官たちに散々おもちゃにされる羽目となったのであった。

その後、例によってまたもや酒で死にかけた板倉光馬、
砲術長の言うように姑娘を従兵代わりにしとけば良かったんじゃないの?
などと書いてて思わないでもないが、それはまた別の話。

(注:軍板住人ならご存知の通りだが中国軍は銅鑼や太鼓、チャルメラを突撃ラッパの代わりにしていた。
なお、関羽云々は当然ネタである。蛇足までに)

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657 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/08/15(月) 09:12:42.56 ID:???
ほのぼのとは違うかもしれないけど、俺の曽祖父の話。
俺の親父は子供のころから模型作りが趣味で、部屋にコレクションを並べてたらしい。
ある日、学校から帰ってくると、曽祖父が親父の部屋で泣いてた。
遂にボケたのか?と思って親父が声をかけると、曽祖父は親父の軍艦模型を指差して、ポツリと言った。
「これ、俺が乗ってたフネなんだ・・・」何でも、戦中に乗ってた重巡をたまたまオヤジの部屋で見つけて、
こみ上げるものがあったらしい。あんまり昔の話はしない人だったが、その後少し軍隊生活の話を教えてくれたって言ってた。
余談だが、親父は部屋にB-29の模型を作って天井に吊るしてたら、婆ちゃんに箒で撃墜されたこともあったらしい

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648 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/08/14(日) 17:06:40.91 ID:???
>>639
帝国陸軍二等兵だったじいさまが戦後、初めてコーラを見たとき、
「あんな黒くて気持ち悪そうなモン、飲めるか!」と思ったそうな。

しかし、だんだんと周囲で飲むひとが増えると「試しに飲んでみるか」となり、
飲んだが最後、酒が苦手な甘党だったこともあり、一度でコーラ党に変身。
自営業だったじいさま、コカコーラの営業マンを呼んで、他社に先駆けて社内にビン入りコーラの自動販売機を据え付け、
若い社員からは「冷たいコーラがいつでも社内で飲めるなんて、ウチの社長は話せるなあ」と、思わぬ効果も。

しかし、晩年は糖尿病という思わぬ伏兵の攻撃を受けて入院、大好きなコーラも制限されることになったじいさま。
「ばあちゃんも医者もうるさくてかなわん、お前、お代は渡すから買ってきてくれんか?」
見舞いに行くたびに、おれ、こと孫には、コーラとセブンスターを買ってくる任務が与えられ、
「買ってはきたけど、じいさま、ほどほどにしておかないと・・・」
「これがワシの楽しみなんじゃ、大目に見てくれ、思えば軍隊で吸った”誉”は不味かった、うまい煙草とコーラがあればワシは幸せぞ」。

かっての敵国の飲み物と、戦前戦中には吸えなかったうまい煙草をこよなく愛した元・帝国陸軍二等兵、
さすがにお棺にコーラを入れるわけにはいかなかったが、セブンスターのカートンは持たせてあげた・・・。

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639 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 19:31:52.36 ID:???
昭和21年。東京。
俺のおじいさま、当時16歳、の貞操は、白人米兵により脅かされた。
するとそこに颯爽と現れたMPのジープ。
まさにアカオニのごとき表情のMPがヒラリとジープから飛び降り、
走って逃げ出そうとしたレイパーを追跡、捕獲、謝罪。日本語で。
それにたいして、おじいさま:
「車で追いかけた方が良かったんじゃ…」
みんな大爆笑。
ジープで家までおくってもらい、後日、正式な謝罪(将校がきたらしい)&コーラ2ダースをうけたとか。

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633 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/08/12(金) 18:21:11.60 ID:???
>>615
昭和20年8月9日、ソ連軍満州侵攻が始まり、同日、樺太からの北海道疎開が開始された。
15歳未満、65歳以上の男子と婦女子に限る、とされた、樺太南端の大泊港から北海道・稚内への緊急避難は、
8月13日から本格化したが、
定員800人の連絡船「宗谷丸」に4700人を詰め込み、
その上に海軍の海防艦6隻まで動員しても、まだ積み残された避難民が、大泊港に8列で3キロの長さの行列を作っていた。

しかし、同日、鉄道省稚内管理部では、ソ連軍の北海道上陸が近いと判断、
ソ連軍に鉄道を利用させないため、動ける車両を疎開させる計画を立てていた。
軍需輸送、兵員輸送関連の軍機書類の焼却も始まっていたところに、15日の玉音放送。
車両疎開のための臨時列車運転はその時点で全て中止となったが、
わずかにタイミングがずれておれば、樺太からの避難民の大部分は稚内港で立ち往生した可能性があったのだ。

いや、すでに避難民に対する稚内発の列車の輸送能力は限界を越えていた、
客車どころか石炭車、貨車など、動ける車両は全て臨時列車のダイヤを組んで動かしており、
乗せられるだけ乗せた避難民の手に握られていたのは、稚内駅で臨時に発行した、行先が白紙の切符だった。

8月20日、ソ連軍は樺太・真岡を占領、8月23日には大泊に達すると見込まれた。

8月23日、ソ連側から「連絡船の通行の安全は保証しない」と通告があり、
大泊発22時の最終の連絡船には推定で1万人が乗船。
大泊警察署から「航行途中、ソ連に拿捕される危険性がある」との達があって4000人が下船したが、
神の助けというべきか、「宗谷丸」の拿捕に向かったソ連艦艇は荒天のため足止めを食い、
最後の連絡船「宗谷丸」は最後の6000人の避難民を乗せ、稚内に入港。

大泊から最後に稚内に入った通信文は「ナミダ、ナミダ、ナミダ」であったという。

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