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軍事板「戦時中、戦場でのほのぼのとした話」スレまとめサイト
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610 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2012/01/18(水) 15:27:55.38 ID:???
>>607
訪独潜水艦でドイツに行った海軍士官が、現地でドイツ士官に
「わが軍では、前線でも後方と同じ食事ができます」
と言われて、そりゃ凄いと感心してたら、その後出された昼食が
山盛りのゆでたジャガイモとスープで、スープにジャガイモを
砕き込んで食べると言う代物で、
(「後方でも前線と同じ食事をしている」の間違いじゃないのか・・・・・・)
と思ったそうな。


614 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2012/01/18(水) 17:07:20.23 ID:???
>610
ドイツから日本へ帰る伊8潜に乗ったドイツ人便乗者たち。
最初は日本食で問題なかったですが、3日目あたりから音を上げ始め・・・
パン食に切り替えました。

当直勤務者用に積んでいた黒パンとジャガイモの簡素な食事。
「黒パンの方が栄養が有って美味しい」と好評でした。

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418 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/12/15(木) 09:57:34.67 ID:???
どっかで誰かが言っていた。
負け戦だと、戦時中に「軍隊不適格」の烙印を押されていた人が言いたい放題言うようになる。でも、
最前線で戦っていた人は口を閉ざしてしまう。

日本軍=絶対悪 がデフォなんだよね。

以前、経験者から聞いたこと。
よく、新兵をしごき捲くる場面が出るでしょ。あれね、最初の三日間程度だって。シャバの垢を落すため。
ずっと其れを数ヶ月もやれるほど、教育側の体力気力がもたないそうだ。でも、不適格というか、その型に
自分を入れることが出来ない人は自殺したり、ね。今で言う登校拒否とかそういうイメージですかね。
軍隊じゃ、家に篭ることもできないし。
家族との面会日。家族が班長さんに、と心づけのお菓子とか持ってくるんだそうだ。オハギとか、大福とか。
それを有りがたく戴いた班長は、その後の夕食の席で皆にそれを還付したんだと。日持ちの悪いものから
出して、ね。
新兵が水虫を患うと、其れを定期的にチェックしては痛みを訴えると即医務室へ。怖いんだってね、痛みの
後に腫れてくるのは。そんな事にも気遣える人が教育担当には多かったそうな。

ただ、やっぱり「キ◎ガイ」のレベルのもいたそうな。

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411 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/12/14(水) 21:10:19.40 ID:???
226事件時の鎮圧側の上官と反乱側の部下の電話でのやり取りが電波の悪さからほのぼの会話になってた

店員「もしもし」
上官「そこに○○はいるか?」
店員「え?」
上官「○○はいるか?」
店員「はい」
部下「もしもし」
上官「おい、今何をしている?」
部下「は?」
上官「何をしてる?」
部下「は?」
上官「戻って来い」
部下「俺は戻りたくない」
上官「なぜだ?」
部下「は?」
上官「は?」


412 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/12/14(水) 21:42:55.63 ID:???
>>411
この話しって、多分、反乱軍の電話を盗聴したレコードをNHKが入手して制作したドキュメンタリーだと思うけど。
オンデマンドで視られるし、西田からの激励電話等もあってとても印象深かった。
で、上のシーンだが、新任の少尉だかがベテランの下士官に投降を勧めていたのだが、
その少尉の話し方が「戻って来てくれんかね」と、とても御願い口調だったのに驚いた。
対して下士官の方は「はあ、はあ」とか「いや、でも」みたいで、
上官にへの受け答えには見えない、ちょっと不遜な感じだったのが、ああ、実際の軍隊ってこういう風に運用されているのだな、
と思わされた。
その後の戦争で、少尉の方は戦死されたものだとが、下士官の方は放送当時健在で、
録音を聞いて涙されたいたな、


413 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/12/14(水) 21:44:53.59 ID:???
終わりの方がメチャクチャな文になっていた。失礼。


414 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/12/15(木) 00:32:01.65 ID:???
>>411-412
部下である機関銃中隊の下士官をなんとか恭順させようと、必死で説得する中隊長でしたね。
出るに出られず、と苦悩する部下に、そこを何とかするのが下士官じゃないかと言っていたのが印象的でした。

中隊長は後にニューギニアで戦死。
部下の下士官は軍を辞め、満州で警察官となり終戦であったかと。


415 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/12/15(木) 00:33:57.43 ID:???
>>412
あれを聴くと昨今の邦画やドラマの軍人は過剰演出だな~と違和感を感じる

上官「貴様!それでも帝国軍人か!」
部下「私はお国のために命を捧げる覚悟であります!」

何かテンプレ的な軍人像というか軍隊会話が浸透しちゃってて逆に温和な軍人が出ると視聴者が困惑するっていうね
まぁ考証がダメな部分もあるかもしれないけどキャラや立ち位置を理解させるために仕方ない表現なのかな


416 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/12/15(木) 04:29:44.61 ID:???
一対一の電話と違って、衆目環境ではけじめをつけねばならんってのも大きいだろうな。


417 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/12/15(木) 06:35:26.40 ID:???
でも映像や音声で当時の軍人たちが>>415みたいな会話してるのを聞いた事がないんだよなぁ


戦前~戦時中の映画に出てくる兵隊さんと、戦後の映画に出てくる兵隊さんは口調が全く違うねん


NHKオンデマンド「NHK特集 戒厳指令…「交信ヲ傍受セヨ」 二・二六事件秘録」
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2010023609SA000/

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406 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/12/13(火) 17:43:52.69 ID:???
決起部隊の一つが立てこもった旅館「幸楽」。
兵隊たちは旅館従業員にえらく気を使ってました。

大広間では畳を全部裏返して、傷がつかないようにしてたとか。


407 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/12/13(火) 20:17:48.32 ID:???
その頃警視庁を占拠していた歩兵第三連隊の中に今は亡き柳家小さん師匠が…。
一席ぶたされたそうですが誰もウケなかったと。当たり前ですわな。

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398 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/12/10(土) 22:12:48.22 ID:???
2・26事件の折、鎮圧部隊として出動した佐倉連隊。
約500名の兵が、帝国ホテルの裏に拠点を置き、2日間、駐留することになった。
しかし、兵はろくに休憩すらも与えられず警備に当たっており、
見るに見かねた帝国ホテルのスタッフは、炊き出しを行うことにしたのだが、

500名もの兵に、手早く用意できる食事、
それも大雪の中、身体が温まり、体力がついて、供するにも簡単なもの・・・となると、
帝国ホテル開業以来メニューに載っていた、カレーライスをおいて他にはなかった。

当時の帝国ホテルのカレーライスは、
第8代料理長、石渡文治郎が、ヨーロッパで学んできたものにややアレンジを加えた独自のもので、
カレーソースをわざと裏ごしせず、野菜の粒々感を残して食感と旨味を生かした、
街に出回っていたものとは一味違うもので、

カレーライスが高級西洋料理として扱われていた時代に、
とびきり美味しいカレーライスを供された佐倉連隊の兵の中には、
2・26事件のあと、ずいぶんたって「あのときのカレーライスの味が忘れられない」と、
帝国ホテルグリルの常連客になった者もいたほどだったという。


399 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/12/12(月) 10:18:07.57 ID:???
浅間山荘事件のカップヌードルみたいな話だな。

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397 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2011/12/10(土) 11:06:54.60 ID:2N5Idjrt
戦時中のほのぼの広告
「戦争が十年続くと思って女の人は身も心も十年若くして下さい。パピリオ化粧品」

◆昭和15年1月20/東京朝日新聞
http://www.peace-aichi.com/objects/20100315asahipapilio.pdf


S15_CM_01.jpg





S15_CM_02.jpg







おまけ:隣の面の広告
S15_CM_03.jpg
 

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390 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2011/12/07(水) 15:58:23.02 ID:b746iNfD
日曜日に山口県下関市の中国自動車道で発生した高級車の多重事故。

事故にあった14台の内訳は、フェラーリ8台、ランボルギーニ1台、
ベンツ3台、国産車2台(プリウス、ウィンダム)。

なんと、三国同盟のメンバーが勢ぞろい!!


391 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/12/07(水) 16:23:49.05 ID:???
やはりイタリアの損失が一番なんだな(


392 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/12/07(水) 20:36:07.05 ID:???
トヨタ(笑)


393 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/12/08(木) 08:34:51.08 ID:???
オーナーには気の毒だがクスッときた


394 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/12/08(木) 09:10:04.09 ID:???
>>390

プリウスの場違い感がすごいな


395 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2011/12/08(木) 09:25:35.10 ID:fhKQjvon
プリウス一台をやっつけるために、フェラーリ八台が散ったと、海外サイトで話題。


396 名前:ハイフェッツ ◆L81ZQG5HXc [sage] 投稿日:2011/12/08(木) 22:24:18.23 ID:???
プリウスそんなに嫌われてるのか

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379 名前:372[sage] 投稿日:2011/12/05(月) 16:18:45.52 ID:???
田舎だからなのか、祖父から聞く話は
帝国陸軍らしからぬギャグ話や怪談ばっか。
八甲田山の亡霊(笑)事件とか、好きな米軍機トーク事件とか、カニ料理で小隊全滅事件とか

でも空襲の話は文献で見聞きする以上に凄惨だった。


380 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/12/05(月) 20:28:12.65 ID:???
>>378
>力の限り敵機を威嚇、罵倒

精神論もそこまでくると、凶器というより笑っちゃうな


381 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/12/05(月) 21:17:42.88 ID:???
>>380
命令する方も、なんと命令したものか相当悩んだんじゃなかろうか?


382 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/12/05(月) 23:15:36.24 ID:???
下手くそに弾の出る鉄砲持たせるよりは・・・ってのと、
喚声を上げる事による士気向上狙い、などと推測して見るw

でかい声出すってのは意外と馬鹿にならん効果があるそうで。


383 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/12/06(火) 00:03:18.76 ID:???
まぁ南方に向かう輸送船、高射砲も無いから兵員を集めて
「総員、ドン!と言え!」
という話もあったわけですし。


384 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/12/06(火) 08:18:07.96 ID:???
大川興業みたいだな
もはや戦場での余興レベル


385 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/12/06(火) 18:30:01.48 ID:???
命令出す奴が一番、なさけねえだろうなあ >総員、ドン!といえ!

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378 名前:372[sage] 投稿日:2011/12/05(月) 16:07:42.04 ID:???
なんか需要があったので。

通信兵として青森にいた祖父。
大空襲後も、毎日のように米艦載機が飛来。
対空戦闘要員が足りず、祖父の居た通信隊も防空戦闘に駆り出された。
対空兵装が不足し、部隊に与えられたのは三八式、九九式短、訓練用木銃、あと重機関銃が少し。

戦闘なんかやりたくない通信隊の面々。
身を隠しながら戦いたくても
空襲後の焼け野原に遮蔽物なんてない。

そこで編み出されたある妙案。
内容は背中にトタン板を背負って、艦載機が向かって来たら亀のように丸まって身を隠すもの。
空襲後、周囲もガレキまみれなので、最初のうちは偽装効果抜群だったという。

しかしこの作戦、残念すぎる欠点があった。
・トタンを背負ってると風に煽られてロクに走れない。
・ひっくり返ると自力で起きれない。
・周囲のガレキが片付けられるとかえって目立つ。

周りからはどん亀呼ばわり。

最終的には背負うのではなく、盾のように改造したものの、
艦載機が来なくなって間もなく終戦。


ちなみに、木銃を渡されたのは新兵。
命令は「力の限り敵機を威嚇、罵倒せよ」
竹槍よりひどい。

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372 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2011/11/30(水) 12:22:27.19 ID:???
うちのじーさまの話。
通信用員として青森で勤務中に青森大空襲に遭遇。
これほどの大空襲の経験はなく、戦死も覚悟したところで立ち上がったのは、
東京や大阪などから転属してきた他の将兵。
彼らは普段から、大空襲を戦い抜いたと豪語してたそうで。

「俺たちはもっとデカイ空襲を生き延びた。まかせろ!」と言うので
さぁ、敵機に一矢報いんと思いきや
その東京の将兵ども一目散に逃げる逃げる。

なぜ逃げるのかと聞いたら
「高いところおるんは弾もあたらん、真下に居たら死ぬだけだから、とりあえず逃げてから考える」
「さぁ壕におっては蒸されて人間点心なるぞ!はよ出んか」
「一度落ちた所にゃ、まず二度落ちん。着弾箇所めがけて走れ!」

言われた通り逃げたら隊のほとんどが生き延びたが、釈然とせず、問い詰めたところ。
「生き延びて戦える時に戦う。生存もまた戦い。退き際見誤るは将の恥」
と笑っていたそうな。

祖父は今日までその教えを守り、引き際を極めたギャンブラーになりました。
今でもたまに寿司食わしてくれます。

通信隊はその後、欠員補充のため、
飛来する艦載機を小銃と機銃で迎撃する
無茶な命令を受けて奮闘するも、それはまた別の話。

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