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軍事板「戦時中、戦場でのほのぼのとした話」スレまとめサイト
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32 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2010/03/07(日) 21:21:12 ID:???
アメリカの某有名大学の卒業生と飲んでて聞いた話。

「教室のいちばん後ろに、静かに座ってる学生がいたんです。
服装こそ普通の大学生みたいなんですが、髪が短くて肩幅広くて、
何より目つきが鋭いのなんの。
・・・で、声をかけてみたら、やっぱり学生じゃないんですね、
『聴講生なんだよ』『へー、どこから来たの?』『ネイヴィ・シールズ』」

「映画では見たことありますけど、本物のネイヴィ・シールズ見たのは初めてでしたねえ。
ウチの大学に聴講生で来れるってだけでも大したものなんですよ、
強いのはネイヴィ・シールズだから当然として、アタマいいんですよねえ、彼ら・・・」
 

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24 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2010/02/26(金) 18:23:52 ID:???
日本軍の秘密兵器に母機の無線誘導によって目標に到達する「イ号Ⅰ型」という
ロケット弾があった。
陸軍実験部が投射試験を網代~真鶴間で行われたところ、直進していた3分の一
あたりから左回頭をはじめ、そのまま熱海市に突進して旅館玉の井に飛び込んだ。
たまたま女性客が温泉につかっていたといわれ、衆目の中での事故だけに極秘実験
がバレてしまった。
軍関係者からは「エロ爆弾」などと冷やかされた。

桜井英樹 「日本の最終決戦兵器」
 

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18 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2010/02/25(木) 12:19:55 ID:???
「硫黄島上陸第一日目は、米国海兵隊創設以来最も最悪な一日となった。
 上陸が開始されてから夜の帳が下りるまでの10時間で600人が死に、
 さらに2000人がそれぞれ何らかの傷を負って前線を離れざるを得なくなった。
 
 しかし、上陸した海兵隊員にとって一日はまだ終わっていなかった。
 日本兵の”万歳突撃”を警戒して、兵士たちはピリピリした空気の中で見張りをしていたが、日本側はまったく行動しなかった。
 ときどき神経質になったアメリカ兵が撃ちまくる小銃の銃声が聞こえた。

 レバイン一等水兵は、その夜、利巧な男がつくづく嫌いになった。
 海岸線の歩哨に立っているとき、暗闇の中に見た人影を誰何した。
 符号はアメリカの大統領の名前をいうことになっていたが、その人物は大きな声で、『フィルモア』と答えた。
 『よし通れ。この馬鹿野郎、もう一度そんなことを言ってみろ。お前は殺されてしまうぞ』
 レバインはイライラと言った。

 つぎにウォレス三等水兵がやってきて、レバインに誰何された。
 暗闇から予期せず誰何され、すっかりびっくりした水兵は大きな声で、『ウォレス』と叫んだ。 

 レバインの堪忍袋の緒がとうとう切れた。
                   ・・・・
 『馬鹿野郎、大統領の名前をいうんだ。副大統領じゃねえ』

 レバインは怒鳴り返した。」

 ――― R・F・ニューカム『硫黄島』より抜粋

19 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2010/02/25(木) 12:33:05 ID:???
どゆこと?

20 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2010/02/25(木) 12:38:04 ID:???
フィルモアはペリーの頃の大統領で、なんかそれいうとマイナーでインテリ臭いって感じじゃないの?

ヘンリー・ウォレスは、ルーベルト政権の、当時現職の副大統領だよ。
ウォレス水兵は自分の名前を尋ねられただけだと思ったんだろうな

21 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2010/02/25(木) 17:58:58 ID:???
ん?硫黄島戦のときはもうトルーマソじゃないの?

22 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2010/02/25(木) 19:45:50 ID:???
アメリカ人みたいに見える日本兵がからかったとかいうオチじゃないだろうな

23 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2010/02/26(金) 10:12:10 ID:???
あー、すまんすまん。ルーズベルトって4選なんだね。知らんかった。
未曾有の3選のみ記憶があったもので(こんときヘンリー・ウォレス)
硫黄島のさいはトルーマン(民主党)か。

・・・共和党は日本への原爆使用反対したのか。知らんかった。
アイゼンハワー、マッカーサー、共和党系の将軍連はみんな道義的理由で反対したのか。

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12 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2010/02/23(火) 01:39:25 ID:???
日露戦争における旅順包囲戦での出来事。
暇な時にロシア兵が「おーい、マカーキ遊ぼうぜ」と叫ぶと日本兵も「なんだ露助か、今日は何をする?」などと返事。的をおっ立てて射的ごっこなどをやっておったそうな。

一方日本の士官はロシアの士官に堡塁内でのお茶会に誘われてのこのこと出席、クッキーとかをたらふく食べて帰ったそうな。
 

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10 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2010/02/18(木) 22:51:08 ID:???
佐世保市内を見下ろす「弓張岳」に、バイクで登ってみたときに、
たまたまお会いしたご老人の思い出話。

「今でいう小学校のころですね、この山に遠足で登ったとですよ。
するとです、海軍工廠が見下ろせる方にずらりと憲兵が立っとらして、
『こら、お前ら、海の方を見ちゃいかん』と、どならすっとですよ。

ばってんが子供のことです、見ちゃいかんと言われれば見たくなっとですよね。
憲兵の股の間から、こっそり海軍工廠の方を見たとです。

それはそれはふとか軍艦がおらしたとです、
あがんふとか軍艦、ずーっとずーっとあとでアメさんの「エンタープライズ」が来るまで、
見たことなかったとですよ。

戦争が終わってわかったとですが、あれが戦艦「武蔵」だったとです、
長崎で進水して、佐世保の海軍工廠で46センチ砲ば積んどらしたとですね・・・」

今は健康のために、よく弓張岳に登っておられるというご老人のお話、
思わず聞き入ってしまい、昼に登ったのに降りたのは日も傾いたころだった。

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8 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2010/02/18(木) 16:22:24 ID:???
瀬戸内某所に住んでた祖母。
海があって山があって畑があるので、食べ物には困らなかったと言ってた。

近くに造船所があってしょっちゅう艦載機が空襲かけてたけど、山に登って見物してたそうな。
手を振るパイロットもいたというから、気楽なものだね。

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847 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2009/12/22(火) 23:55:52 ID:???
第二次世界大戦で米軍から日本軍へばらまかれたポスター思い出した
全裸の降下兵のイチモツが巨大なイラストのやつ

米兵はこんなにデカイのかと日本兵の萎縮を狙ったプロパガンタ


848 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2009/12/23(水) 00:42:08 ID:???
それってプロパガンタというより、アメリカお得意のジョークの気がする。


849 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2009/12/23(水) 01:46:35 ID:V5qy3lj+
米露でもそういうジョークあったなw


949 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2010/01/30(土) 15:43:58 ID:???
フォルダあさってたら>>847の画像見つけた
http://lovestube.com/up/src/up3312.jpg

up3312.jpg












950 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2010/01/30(土) 16:33:06 ID:???
>949、西郷どんのほうがでかいでごわすw


951 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2010/01/30(土) 20:23:11 ID:???
でもフニャチン。

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941 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2010/01/27(水) 15:44:08 ID:???
戦艦「武蔵」がトラック島から呉に回航していた途中、潜水艦から魚雷を一発
食らってしまった。しかし、穴が空いても、航行に支障がなく、呉港に到着した。

早速、修理のため、ドック入りして工員が空いた穴に入ってみたら、若い工員たちが
歓喜した。魚雷を食らった区画は、酒保の貯蔵庫だったため、虎屋の羊羹などの
甘味が爆発の熱で溶けて露呈していたのである。

甘さに飢えていた工員たちが、修理そっちのけで溶けた甘味にむしゃぶりついた。
だが、呉に着くまで海中に晒していた甘味であったため、工員の多くは翌日下痢に
悩まされたとの事。

既出だったら申し訳ない。
 

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901 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2010/01/16(土) 15:50:06 ID:???
艦爆乗りの山川、中田ペアは新しく改造された空母「隼鷹」勤務を命ぜられ、
佐伯の波止場から内火艇で沖の「隼鷹」に向かった。
ところが、どうした誤りからか、「隼鷹」の舷側に近づいて停止するところを
機関員が操作ミスして前進全速にギアを入れてしまった。
内火艇はドシンと「隼鷹」の外舷に艇首を激突した。これは艇が壊れたと思った。
ところが、よくよく見ると「隼鷹」の外舷がへこんでいたのである。

これには、山川・中田ペアは驚いた。こんなヘナチョコ船が戦争に使えるのか
と二人で話し合った。
しかし、使えたか、使えなかったかはその後の戦歴が証明している。

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895 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2010/01/12(火) 23:09:04 ID:???
もう随分前の事だが某駐屯地の陸曹教育隊に入校していた時の話だ。
その駐屯地には一匹の犬が住みついていた。
そこの隊員にとても可愛がられていて誰が付けたのか綺麗な首輪までしている。
いつも糧食班の裏でカマボコを直員から貰って食ベていた。
彼はカマボコしか食ベない。
そしてとても人懐っこく陸曹教育隊の行軍にもついてくる。
もっともかなり歳らしく疲れてジープで帰って来る事もしばしばあったが。
ある日曜日、隊舎の外で半長靴を磨いていると彼が近くに寄って来た。
堪らずもふもふしていると首輪に付いている物が目に入った。
3等陸曹の階級章だった。
教官か助教が付けたのだろう、陸曹候補生達にいじめられないように。

短かくて長い入校が終った。
自分は部隊へ戻り3等陸曹になった。
数年してその陸曹教育隊は別の駐屯地に移駐した。
その代わりの部隊が某駐屯地に入る事になり、自分はその支援に参加を命じられた。
久しぶりに来たそこには変わらず彼がいた。
仕事が一段落してから彼の所ヘ行く。
相変わらず人懐っこいが大分よろよろしている。
「やっと陸曹になったよお前と同じだな」ともふりながら話かけた。
入校してた時は綺麗だった首輪は大分くたびれていた。
その首輪が何かが付いていた。
4センチ四方のアルミ板…それに3等陸尉の階級章。
「昇任早いなあ、お前」
彼に敬礼してから駐屯地を後にした。
今でもまだ彼の階級に追い付いていない。
 

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