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857 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 09:48:35 ID:???
連合軍捕虜収容所からドイツ兵捕虜が終戦直後に釈放される際、捕虜の大佐がドイツ
兵たちに語った言葉
ドイツは戦争に敗れた。しかし、諸君は良い兵隊だった。自分は諸君を誇りに思う。こ
れからは、故郷に帰ってそれぞれの人生を立て直して欲しい。ドイツの再建には、諸君
ら全員の力が必要なのだ・・・
出典は「バンド・オブ・ブラザース」。TV版ではこのシーンで、件の大佐に「兄弟の絆だ」
と、タイトルの意味を語らせてた。敵方にタイトルをしゃべらせる演出には、「敵も立派に
戦った、尊重すべき人々」という意味が込められている気がして、感心した。
確か、既出のエピソードだと思うが、良いと思ったので書いてみますた。
他にも既出のエピソードで、ベルリン戦で、戦場に送られたヒトラー・ユーゲントの少年
兵たちに、SSの士官が「子供は帰れ。これは大人だけのパーティーだ。」とか言って追い
返し、避難させたっていうのもあった気がするが、これは出典は何なんでしょう。
926 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2009/04/18(土) 14:42:14 ID:???
>>857
すげえ遅レスだが、ベルリン救援作戦「ワルキューレの騎行」時の第3装甲軍・
フォン・マントイフェル大将じゃないかな。ユーゲントや国民突撃隊の老兵・少年
に進撃を志願され「ならば命令する、貴様らは明日の祖国の為に生きよ」。
ベルリン西郊に(スターリングラード戦のマンシュタインの様に)可能な限り前進。
戦線維持可能な間の友軍・市民のベルリン脱出・合流を勧告したが、上層部からは
「臆病者」「断固市街まで進撃せよ」の罵声を浴びる。ヒムラーやボルマンから
「貴官の忠誠心・敢闘精神は疑わしい」と詰る電話を受けて、
「マントイフェル家は300年にわたり、祖国プロイセンとドイツに剣を捧げて来ま
した。小官も例外ではありません」と反論。市街を脱出した市民・友軍を収容して
西へと敵攻勢をいなしつつ離脱、英軍に降伏した。戦後は国会議員として、再軍備
に伴うドイツ連邦軍(「国防軍」を避けマントイフェルが命名)誕生に尽力。
実際には無数に、類似の逸話があるんだろうけど、この人が一番有名だと思う。